シンガポールに在住し東南アジアに精通したコンサルタント・坂田幸樹氏が、東南アジアと日本社会の共通点を紐解きながら、日本企業のDXやイノベーションにどう生かすかを解説した書籍『デジタル・フロンティア 米中に日本企業が勝つための「東南アジア発・新しいDX戦略」』(PHP研究所)から一部を抜粋・再編集して掲載している本連載。

 第4回となる本稿では、シンガポールで2016年に誕生したスタートアップ「スワット・モビリティ(SWAT)」社が、優れたアルゴリズムの活用でタイと日本の地方都市(北九州市など)のバス運行の最適化を実現させている事例を紹介。巷(ちまた)で聞こえる、「日本の地方都市は保守的だから新しいものは受け入れないだろう」「すでに運営している事業者の反対にあうからスタートアップによる変革などできない」といった声に反論する。

<連載ラインアップ>
第1回 インドネシアのユニコーン企業・ゴジェックに見る、日本と東南アジアの共通
第2回 既得権益でがんじがらめの日本、デジタルで既得権益を乗り越える東南アジア
第3回 「市民の声」をデータ化するインドネシアのスタートアップ「クルー」の革新性

■第4回 タイと日本の地方都市でSWAT社が推し進める、DXの新しい方法論(本稿)

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「日本産業界の裏庭」で起こっているある問題

 タイは「日本産業界の裏庭」ともいわれ、自動車やエレクトロニクスなどにかかわる多くの日本企業が工場を有している。ジェトロの「タイ日系企業進出動向調査2020年」によると、その数は2344社に達しており、日本にとってとても重要な製造拠点となっている。

 タイにはアマタナコン工業団地やラートクラバン工業団地、ラヨーン工業団地など、多数の工業団地があり、それぞれ特徴を有している。ただ、多くの場所では電車やバスなどの公共交通機関が整備されていない。結果、従業員の多くは、企業が用意したシャトルバスに乗って通勤している。

 しかし、シャトルバスは従業員の自宅まで送り迎えはしてくれず、従業員は企業が決めた停留所を使わなくてはならない。また、通勤ルートは人間が作成したもので、必ずしも効率的なルートにはなっていない。さらに、シフトの変更や急な残業が発生した場合は、当然、シャトルバスのルートや時間も変更しなくてはならない。この作業はもちろん、手作業で行われることになる。

「アルゴリズム」でバスを最適化するSWAT

 ここで重要な役割を果たしつつあるのが、あるスタートアップだ。スワット・モビリティ(SWAT Mobility。以下、SWAT)という、オンデマンドバスのアルゴリズムを開発しているシンガポールの会社である。SWATは2016年に設立後すぐにシンガポール政府からの案件を受注し、また、早期に海外への進出も果たしている。

 オンデマンドバスというのは、固定ルートで決められた時間通りに運行する通常のバスとは異なり、ユーザーの予約に基づいて運行される交通サービスである。ユーザーが専用のアプリを通じて乗車予約を行うと、指定された場所と時間にバスが到着する。

 オンデマンドバスの利点は、ユーザーの乗車予約に合わせて時間やルートを設計できることである。これにより、ユーザーは何時間もバスを待つことがなくなり、事業者側も誰もいない場所に空のバスを走らせるような無駄が減る。つまり、ユーザーにとっての利便性をもたらすだけではなく、ルートの最適化による事業者の運行コストの低減にもつながる。

 ここで重要になるのが、ニーズとコストに合わせて最適なルートを選択するためのアルゴリズムである。SWATは、優れたアルゴリズムを開発するために、優秀なAI技術者を東欧諸国から採用している。

 SWATが開発したオンデマンドバス向けのアルゴリズムは国際的にも高く評価されていて、アルゴリズムの世界的なベンチマーク機関であるLi & Lim Benchmark において、常に世界トップクラスの優れた結果を残している。