本連載は、シンガポールに在住し東南アジアに精通したコンサルタント・坂田幸樹氏が、インドネシアの「ゴジェック」、マレーシアの「グラブ」、シンガポールの「スワット・モビリティ」、タイの「リッスンフィールド」などの豊富な事例を基に、東南アジアと日本社会の共通点を紐解きながら、日本企業のDXやイノベーションにどう生かすかを解説した書籍『デジタル・フロンティア 米中に日本企業が勝つための「東南アジア発・新しいDX戦略」』(PHP研究所)から一部を抜粋・再編集して掲載する。
第1回となる本稿では、インドネシア発のユニコーン企業で、スーパーアプリを展開する「ゴジェック」が実現した社会イノベーションの事例を紹介し、東南アジアと日本社会の共通点を解説する。キーワードは「半径5キロ圏内の問題解決」だ。
<連載ラインアップ>
■第1回 インドネシアのユニコーン企業・ゴジェックに見る、日本と東南アジアの共通点(本稿)
■第2回 既得権益でがんじがらめの日本、デジタルで既得権益を乗り越える東南アジア
■第3回 「市民の声」をデータ化するインドネシアのスタートアップ「クルー」の革新性
■第4回 タイと日本の地方都市でSWAT社が推し進める、DXの新しい方法論
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
「リージョン化」へと向かう世界
日本が米国や中国を追いかけるべきではない理由の一つは、世界の潮流の変化である。具体的には今、世界は国際化からグローバル化、そしてリージョン化の時代へと変遷を遂げている(図0-3)。
国際化の時代とは、国境を維持した状態でモノの取引を中心に行っていた時代を指す。代表的な産業は自動車や黒モノ家電で、その時代には日本企業が世界を席巻した。
国際化の時代には現地の顧客に合わせて製品を作ることよりも、よい製品を大量に安く作ることが重要だった。そのためには、無理に現地化をする必要はなく、日本人の経営の下、世界中で同じようなモノを作ることに意味があった。
次に起こったのはグローバル化で、国境なくボーダレスに人・モノ・カネ・情報などが取引される時代が訪れた。
グローバル化の時代には、顧客に合わせてサービスを設計することが重要で、GAFAMに代表されるITプラットフォームが世界を席巻した。これらの企業は情報を集約することで、国家に匹敵するほどの力を持つようになった。グローバル化では国という概念が希薄になる。そのため、提供されるサービスは全世界共通のものとなる。米国にいても日本にいてもアフリカにいても、同じインターフェースで同じようなサービスが受けられる。
また、経営に関しても本国スタッフによる経営ではなく、多様性に富んだマネジメントが求められるようになった。また、世界中どこにいても働くことができるようになったため、ジョブ型の人事制度が一気に浸透した。
近年、安全保障上の理由で、食料やエネルギーの自給率を高めるなどの活動が世の中に増えてきていることから、グローバル化が退化しているという見解もあるが、そのようなことはない。デジタル革命が起きたことで、個人が少人数でもできることが増え、後述のように地域特性に合わせたサービスが世界中で次々と立ち上がっていることがその本質だ。
スマホが東南アジアを一変させた
そして現在、そのデジタル革命が一気に進んだことによって、グローバル化が発展する形で「リージョン化」が進展しつつある。リージョン化とは、全世界共通のサービスではなく、その地域ごとの特性に合わせたサービスを提供し、問題解決を図るというものである。その対象となるのは、交通や医療、農業といったローカル産業である。
これらの産業では、人が介在する「地上戦」とデジタル技術による「空中戦」の融合がない限り、イノベーションを起こすことはできない。そこで活躍するプレイヤーはグローバル大企業ではなく、現地のスタートアップ、あるいは現地企業や財閥などがその主体となる。
その流れを決定づけたのが、スマホ革命である。スマホの登場によって多くの産業で変革が起き、人々の生活が変わりつつある。
たとえば、私が東南アジアに移住した2010年代初頭には、多くの東南アジア諸国においてEコマースはまったく浸透していなかった。インターネットの普及率の低さに加え、銀行口座の保有率の低さもネックとなっており、今後もEコマースは普及しないだろうといわれていた。
しかし、スマホ革命によって東南アジアの大多数の人々がインターネットを利用するようになり、食事の宅配から医師による遠隔診療や薬の処方まで、さまざまなサービスを受けられるようになった。特に近年のコロナ禍を経て、東南アジア諸国のデジタル化は加速度的に進展した。先日訪れたインドネシアの現地のカフェでは、現金での支払いを断られた。ユニコーン企業が保有するビッグデータを活用する形で道路やビルが次々と開発され、街としての利便性が一気に高まっている。