「かっぱえびせん」「カルビーポテトチップス」「じゃがりこ」「フルグラ」などのスナック菓子、シリアル食品で知られる食品メーカー、カルビー。同社がDXに取り組み始めて直面した課題は、現業に忙殺されている社員にDXの必要性をいかに浸透させていくかということだった。そのための取り組みと人財育成について、社内のDX推進を先導してきた小室滋春氏(特命担当部長)に聞いた。
担当する仕事によってDXへの意識に違いがあった
──小室さんは2015年にIT業界から転職してカルビーに入社されました。当時のカルビーのIT化、デジタル活用はどのような状況だったのでしょうか。
小室滋春氏(以下敬称略) 当時はまだDXという言葉もなく、情報システム部門からみたITアプリは、受注や出荷の状況など企業全体の情報を取り扱う「基幹システム・ERP(Enterprise Resource Planning/企業資源計画)」くらい。それ以外は全て「その他」程度の認識でした。ただし「現場に行かないと何も分からないよね」という意識はその頃からメンバーは持っていたと思います。
私がカルビーに入社したときにもデータは社内にたくさんあったのですが、それぞれのデータがあちこちに散らばって管理されている状態で、社内にあるデータを活用するという意識は不足していました。そこで、情報システム部で社内にあるデータを統合して、2000年からの売上実績、実施したキャンペーン情報や販売店情報、パッケージ画像など、十数年にわたる生産から流通までの全てのデータを一覧で見られるようにした、名前も「デジタル年表」と呼ぶものを作成しました。
反応は、面白いくらいに二極化しました。こまめに見て使う人と、便利そうだけど面倒くさいからと全く使わない人。私は作りさえすれば活用されるとばかり思っていたのですが、データを可視化しても、当人に活用する意識がなければ意味がないんだと、このことから学びました。
──DX推進では関係者全員の協力が鍵になりますが、データやツールの利用に消極的な人たちをどう巻き込んでいくのでしょう?
小室 担当する仕事によって傾向が分かれるという印象をもっています。工場勤務者は毎日同じ仕事と向き合っているので自動化や改善への意識が強く、ITツールを提供すると「まずは使ってみよう」と積極的に使いこなしていきます。一方、事務・営業職は今やっていることを整理する時間がそもそもなかったりするので、「何の業務で忙しいの? 忙しいと言うけど、ひょっとして毎日同じ作業を繰り返していない? それは効率化できないの?」と問いかけるところから始めます。
意外と盲点になっているのが、本社で指導や管理を行う側の人間です。彼ら彼女らはリスクやセキュリティ問題を恐れるので、例えば、工場での商品のサンプリング検査をDXで全量検査に切り替えられないかと提案してみると、「もしも何かが起きて不適合品が流出したらどうするんだ」との声が上がりました。今までだって何か問題が起きたら全員で何とか対処してきたのに、なぜDXだけ止めようとするのかと不思議に思いました。もっとも、絶対に不適合を発生させてはいけないというミッションを背負っていれば仕方がないのかもしれません。失敗の先に成功があるのだから、失敗を恐れない意識をもってもらうように働きかけています。本社部門が恐れていると現場は何も新しいことができません。
──工場の方がDXへの意識は高いんですね。カルビーの工場では、現場の班長が日報を電子化する取り組みも行っているとのことですが、こちらはどのように進めたのでしょうか。
小室 働き方改革も兼ねて、育児中の時短勤務の人から始めてもらいました。その中で面白かったのは、同じ電子化でも、情報システム部が作る日報は細かい情報がたくさん詰まっていますがメンテナンスがしにくく、現場の人が作る日報は一見シンプルな内容ですがメンテナンスはしやすいということでした。結果的に、現場で採用されたのは後者でした。このとき、ITの専門家だけに任せず、現場の人間にどんどん任せていくことが大切だと実感しました。
現場に任せるときには、挑戦しようとする人の背中を押したり、挑戦したことを褒めたりするなどサポートする存在が大切です。挑戦を始めた人を孤立した存在にすると次のチャレンジへのモチベーションが損なわれますし、追随する人も出てこなくなります。やってみて結果が出れば本人も「もっとやってみよう」という気持ちになりますし、それが続けば他の人間や他部署にもやる気が伝染していくのです。
こうしたDX事例は社内に複数あり、社内DX事例説明会で動画を用いて紹介し、情報をシェアしています。現業への課題意識はあるが具体的に何をしていいか分からないという人もいるので、「この部署では、こんな方法で解決したよ」と紹介し、他部署にも生かしてもらっています。