キリンビールでは、2027年までに「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV先進企業になる」というビジョンを掲げている。社会課題を解決しながら自社の利益も創出するCSV(Creating Shared Value)をどのように実現し、キリンビール工場のICT戦略が目指す「リーン(lean:無駄のない、引き締まった)で人に優しい工場」という目標に、いかにリンクさせていくのか。同社のAI・IoTを活用した取り組みについて、執行役員 生産本部 技術部長の柿沼氏に聞いた。
※本コンテンツは、2022年4月20日に開催されたJBpress/JDIR主催「第5回ものづくりイノベーション~デジタル&脱炭素の時代にこそ解き放て!日本のものづくりの底力~」の特別講演2「キリンビールの工場におけるAI・IoT活用について」の内容を採録したものです。
キリンビールのICT戦略と2027年のゴールイメージ
キリンビールの工場では、 2027年までの ICT戦略の目標を「AI・IoTをフル活用し、リーンで人に優しい工場へ推移する」とし、省力化、品質管理レベルの高度化、安全(事故防止)、そして効率的な技術伝承の解決に取り組んでいる。このICT戦略は、AI、IoTのツール導入自体が目的にならないよう、その目的や意義を常に従業員に伝えながら進めるために策定されたものだ。
このICT戦略の根本には、CSVというキーワードがある。顧客の価値、パートナーの価値、社会課題を解決することで生まれる社会共通の価値、そして自社の経済価値を同時に創出するというものだ。同社は「世界のCSV先進企業になる」と宣言しており、社員に対しても、自分がCSVにどう貢献しているかを、普段から考えて仕事をするよう意識づけている。
「CSVを社内では分かりやすく、『世のため人のために働き、その結果として、もうけさせていただく』や『三方よし』というように説明しています 」と話すのは、キリンビール執行役員生産本部技術部長の柿沼健氏だ。同社に入社後、一貫してエンジニアリング業務に携わり、2021年からは現職として生産本部におけるICT戦略をけん引している。
ICT戦略で目標を明確にした後は、フェーズ0から4までのAI・IoTのロードマップを定めた。フェーズ0では情報構築の基盤整備、フェーズ1では個別施策の展開のためにさまざまなツールを評価し見極める。続くフェーズ2では、AIを駆使したデータの蓄積と活用に進む。さらにフェーズ3で、データ活用による業務の自動化。そして最終段階のフェーズ4では、社会を巻き込んだデータの連携・活用を目指す。
2027年のゴールイメージとしては、原材料・調達・生産・物流・顧客といったサプライチェーンの各段階に導入された機能が、全体としてつながる世界を想定している。
「部分最適で個別に導入してしまうと、他の機能につなげられないなど、いろいろな問題が出てきます。常に広い視野でものを見ながら考えていくことが、最終的な成功を収める上で非常に重要だと考えます」と柿沼氏は示唆する。
ICT導入におけるKPIの具体例として、「1工場当たり、年間で延べ1万2700時間の労働時間削減」という目標がある。1万2700時間は約7人分の年間工数となり、この時間をさらに価値の高い仕事に振り向ける。現在、約6000時間の削減まで実行できているという。
例えば、工場内に導入したネットワークカメラのシステムでは、1工場当たり、年間1000時間の削減を達成した。管理者がその都度見に行かなくても、カメラの画像で現場を確認できるようになり、工場内の移動負荷が軽減されたのだ。さらに導入後は、さまざまなアイデアが現場から出され、録画データの検索を簡単に行うためにシーケンサーと連動させる、また機械の制御用タッチパネルを画面に表示して遠隔操作を可能にするなど、試行錯誤しながら活用の幅を広げている。