人間にとって高負荷な作業をロボットが担う

――栃木工場でNIFを初導入したとのことですが、作業者たちの働き方はどう変わりましたか。

平田 高負荷の作業を大きく軽減させることができました。例えば、パワートレインの組付けについてはロボットが担うようになり、エンジンやサスペンションなどを自動で一括搭載することになりました。ほかに、クルマの室内に作業者が入って上向きで天井を取り付けるヘッドライニング取り付けも、ロボットによる完全自動化で人間の肉体的負担はなくなりました。

NIF導入前と後でのパワートレイン搭載工程のちがい
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 検査工程については、作業者の“目力”を頼りにしてきたと話しましたが、NIFにおいて仕様確認や微細キズ検出を完全自動化しました。目視して問題の有無を判断するという高い技能を必要とする作業を機械が行うようになっています。

NIF導入前と後での仕様・キズ検査のちがい。AFTERではNIFでの生産対象となった新型電気自動車「日産アリア」を検査している
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――作業者たちはNIF導入以降、どのような仕事に移っていったのですか。

平田 今後のことも含めてですが、工場の設備が通常どおり稼働するように監視・管理するような仕事に移っていきます。こうした仕事に初めて就く人もいるわけですが、複合現実(MR:Mixed Reality)技術 で設備を3次元で把握できるようにし、設備の機能の理解を促進するようなトレーニングを始めようとしています。

 検査については、機械による検査結果を人間の担当者が見て、不良が検出された製品を市場に出さないよう対処・管理するという仕事の形に変わっていきます。

――NIFの導入で、工場に勤務する人の数は、全体としては減っていくわけですか。

平田 はい。NIF以前から、車体の溶接工程などでは自動化が進み、ほぼロボットがその担い手となっていました。組み立て工程にはまだ人間の作業が必要なものがありますが、NIFでかなりの省人化が進んでいます。

ロボット導入の意義は「合理化」から「変動への対応」へ

――「人とロボットの共生」を柱にした背景はどういったものでしょう。

平田 確実にいえるのは、ロボットの導入の意義が、一昔前とは大きく変わってきたということです。一昔前は、工場での生産の合理化をはかることがなによりの目的でした。これに対して現在は、クルマづくりのあり方や人の働き方に変動性が高まってきた中、その変動に対応していくためにロボット導入や自動化の必要があるという考えになってきたのです。

 例えば、工場で働いてもらう人を雇うこと自体が以前よりも難しくなってきました。日本をはじめ中国や欧州では少子高齢化が進み、労働人口が減少しているからです。米国については若年人口はやや増えているものの、製造業の国内回帰が進み、やはり企業が作業者を雇うことは難しくなっています。

 クルマづくりについても部品供給の不安定さから、先が見通しづらくなってきています。今のクルマには半導体が多く使われていますが、コロナ禍で自動車メーカーが一時期クルマの生産を停止したのを受け、半導体の供給先が情報通信分野にシフトしました。クルマの需要が戻ってきたいまもなお、この傾向が続いています。半導体がないとクルマがつくれません。

 クルマを多くつくろうとしても作業者が足りない。あるいは、作業者にラインに入ってもらったとしてもつくれるクルマがない。このような作業者数と製造台数の不均衡が起きやすい状況になってきているわけです。

 この難局にどう対応するか。ここに、ロボット導入や自動化の意義があるわけです。自動化しておけば、クルマの生産台数の増減に関係なく、生産能力の内であれば対応できます。変動に対する耐性を高めることが、ロボット導入の現在の大きな目的です。

 人の働き方という点でも、高い負荷がかかる作業はするべきではないし、させるべきではないという考えになってきています。その一方で、高齢者の中には軽作業であれば十分に働けるという方も多くいらっしゃいます。また、子育て中で夜勤は厳しいとか、フルタイムは無理だが4時間であれば勤務できるといった、さまざまな事情をもつ人もいます。

 こうした働き方の変化や多様化に対応する上でも、工場のインテリジェント化は効果的といえます。

「社員こそ財産」はこれからも変わらない

2021年にNIFの導入が発表されたがいち早く導入された栃木工場(栃木県上三川町)
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――今後のNIFの展開についてお聞きします。

平田 NIFに基づく革新的な生産技術を今後、国内外の生産工場に導入していくことを日産自動車はすでに発表しています。主要市場である米国、欧州、中国の各工場で、電気自動車の生産に対応すべく新たな生産ラインの導入を計画しています。

 日本国内でも、栃木工場での状況を情報として得た各工場から、「うちも入れたい」との声を受けています。作業者の負担を減らしたいという思いがあるのでしょう。

――ロボット共生時代における人間の価値をどう見ていますか。

平田 日産だけでなく、どの企業にもいえることでしょうが、社員一人ひとりはその企業にとって貴重な財産です。確かに、製造工程の他にもプロセス管理などでも自動化は進んではいます。けれども、最終的に人が判断してものごとを決めていくという部分は、今後も多くあると思います。一人ひとりの技能・技術が発揮できるよう、企業が働く環境の整備、それに教育への投資をどれだけできるかが今後もカギだと思っています。

 これからも人間だからこそできる仕事はありつづけます。企業はその部分に対する労働力を確保していかなければなりません。必ず確保できるという保証はありません。「ロボットとの共生」は、このリスクを減らすことに向けた活動であると考えています。