「社員を変えることは本当に難しい」

 こうした一連のDXへの取り組みを始めたきっかけについて聞くと、社員を巻き込んで大掛かりに開始したのが2018年だったという。2018年に発表した2020中期経営計画では、収益構造の改革、成長の実現、実行力の改革の3つを掲げていたが、実行力の改革、社員の力を最大限に引き出すことについては課題になっていたという。

「どんなに制度やITの仕組みを整えても、それを社員が使いこなせなければ意味がありません。これは多くの企業がDXで苦労しているところだと思いますが、社員が変わらないと何も変わらないわけです。そこでProject RISEを『NEC119年目の大改革』として、社員全員を巻き込むことを前面に押し出したわけです」と話すのは、NECカルチャー変革部の森田氏。

 人とカルチャーの変革は、現在注力しているTransformation Officeよりも前から取り組んでいた。それがProject RISEの人事制度改革、働き方改革、コミュニケーション改革であった。そこで最初に作ったのが「Code of Values」という5つのバリューで、NECの行動基準である。これは現在、「Purpose」「Code of Conduct」「Principles」とともにNECグループが共通で持つ価値観になっており、行動の原点「NEC Way」として定義されている。

 Code of Valuesは、「視線は外向き、未来を見通すように」「思考はシンプル、戦略を示せるように」「心は情熱的、自らやり遂げるように」「行動はスピード、チャンスを逃さぬように」「組織はオープン、全員が成長できるように」の5つである。

「社員を変えることは本当に難しいことです。基本的に人それぞれですから、会社としての価値観を強く前面に押し出したわけです。これをみんなでやっていく。逆に、これにそぐわない人はNECに居づらくなるくらいの感じで徹底しました。また、これと合わせて評価制度も成果重視から成果半分、行動半分に変えました。今は成果が出ていなくても、挑戦している社員は評価するようにしました」(森田氏)

 また、どんどん外から人を採用することで、モノカルチャーだった会社がダイバーシティに富んできている。それに合わせてコミュニケーションも文字だけではなく、画像や動画を増やしてインタラクションを意識するようにした。さらに、トップマネジメントと社員との対話の場であるタウンホールミーティングの回数を増やした。内容も会社の通知を伝えるのではなく、トップマネジメントが背景を含めて説明し、社員からのQ&Aを設けるようにしたという。

 NECでは、年に1回のエンゲージメントサーベイを継続することに加え、四半期に1回、簡易版のパルスサーベイも実施し、社員の声を積極的に経営に生かすこともしている。「会社と社員のコミュニケーションの在り方、人を評価する考え方、働き方など、いろいろなものを変えています。ただ、やはり社員の意識改革をするには日頃のコミュニケーションを増やすしかないのです。そこで、これまで上司と部下の面談は半期に1回でしたが、毎週あるいは2週間ごとにミーティングを行うようにして、コミュニケーションの機会を増やしています」(森田氏)

「ITと業務プロセス改革、そして制度や業績評価を連携して進めていくことにも苦労しています。得てしてITだけが進んでしまうので、ITツールの選択にはずっと試行錯誤を続けています。これは現場のビジネスや事業を良くするという観点で、いかに社員を巻き込んでいくかということも同様で、今でも苦労しています」(一森氏)

人とシステムの両輪で推進することが重要

 この他にも、NECでは取り組みには全てKPIを設定し、経過をチェックできるようにするとともに、経営会議などでも報告をしている。また、社内の仕組みは、基本的にはそれぞれの分野での最良のシステムを採用するベスト・オブ・ブリードの考え方を採用し、また、業務プロセス自体をシステムの標準機能に合わせていくFit to Standardの考え方で進めている。しかしながら、どうしても個別開発が必要な場合は、お客さまへも提供することを想定して開発していくようにしている。さらに、サービス開発では、情報システム部門が社内向けに有償サービスを提供する仕組みも既に開始しているという。

 たとえ、パブリッククラウドを使いたい意思があっても、まだまだ顧客要件によってはスクラッチで個別開発するケースは残っている。それを解決できるのはローコード開発基盤と考え、社外の有力ベンダーとの協業で基盤作りを進めようとしている。

 このように、NECでは中期経営計画の明確なビジョンのもと、人と組織、そしてITシステムの改革を推進している。特に、2021年4月のTransformation Officeという全社横断組織の設置や、行動の原点となる「NEC Way」の定義などにより、変革が起きやすい環境の整備を進めていることは特徴的だ。

 最後に、現在、悩みながらもDXに取り組んでいる企業に対してメッセージを聞くと、「ITの観点で一番苦しんでいらっしゃるのは、おそらくモダナイゼーションではないかと推察します。これは私たち自身も非常に泥臭い苦労をしています。こうした苦労の経験を、できる限り、共有していきたいと考えています」(一森氏)

「DXの本質は社員の意識改革だと考えています。ITや制度、あるいはハードウエアといったインフラを整備しても、社員が変わらないとDXは進みません。やはり社員というか人間は基本的に変化を好まない生き物ですから、仕組みを変えても何も変わらないということは往々にしてあると思います。社員の働きがいやマインドセットといった、いわゆるソフトウエアと、ハードウエアをしっかり両輪で考えることが重要だと思います。NECもまだまだ道半ばですので、一緒にがんばっていきましょう」(森田氏)

 DXソリューションを数多く提供しているNECであるが、そのノウハウは自社のDXへの取り組みから得られている。DXというとデジタル技術の導入に走りがちであるが、それを使うのは人であり、企業文化の醸成も求められる。特に「強さ」と「しなやかさ」を軸に置いたNECの取り組みは、大いに参考になる。