代表取締役副社長執行役員 企画本部長兼グローバルICT本部長の吉川正人氏

さまざまな企業とのアライアンスはDX人材の育成にもつながる

 1890年の創立以来、食料・水・環境分野における社会課題の解決に取り組んできたクボタ。近年はコア事業である農業でのIT化が本格化し、2021年には経済産業省が定める「DX認定事業者」にも認定された。代表取締役副社長執行役員であり、企画本部長兼グローバルICT本部長を担う吉川正人氏は、アメリカ駐在の経験からデジタル技術の重要性を痛感したという。国際的視野を持つ吉川氏に、クボタのDXへの取り組みを聞いた。

――クボタがDXに取り組むようになったきっかけを教えてください。

吉川 きっかけは幾つかありますが、当社の事業展開がグローバルに行われるようになったことが大きいですね。特にトラクターや建設機械といったものは今、7割強は海外での売り上げになっており、ジョンディア、キャタピラー、ボブキャットといったグローバルな企業が競合になっています。となると、製品自体の競争力に加えて、サプライチェーンですとか、市場で起こっていることに迅速に対応しなくてはいけないということも含めた競争力が問われるようになってくるわけです。しかし、当社のITのレベルは、競合他社に比べると一世代遅れた形で運営されていると感じていました。従って、他社との競争に勝つためにはデジタル技術を有効に活用して、市場に対応できる力が必要であると考えたのが1つの背景です。

 昨年、当社では「GMB2030」という2030年を見据えた長期ビジョンを発表しました。2020年代は技術革新の速さが要となり、デジタル技術が われわれの市場や社会はもとより、生活自体をも変えていくことが予想されます。デジタル技術を適切に事業運営に活用しないと、われわれの事業が持続的に成長するのは難しいのではないかと考え、変革の一番大きなドライバーであるデジタル技術を活用できる会社を目指すというのが2つ目の理由です。

 私はクボタに入社して以来、3回ほどアメリカに駐在する機会があり、計18年アメリカにおりました。3回目は2013年から約5年間、販売会社の社長と北米の統括責任者を務めていましたが、現地では他社の動きを大きなものから小さなものまで肌で感じました。そうすると、当社のデジタル技術が周回遅れであることを痛感するわけです。デジタル技術の重要性には他の人たちも気付いており、社内でも機運が高まっていました。そこで、当時の社長の木股(昌俊・現代表取締役会長)がDX推進に注力できる組織体制を整えるために、2019年4月にグローバルICT本部を設立しました。その3カ月前に帰国していた私が、本部長に就任しました。

――そこから、どのようにDXを推進していったのでしょうか。

吉川 どの会社さんもそうだと思いますが、“こういうIT投資をしたらこれだけ人を削減できて、これだけの定量効果があります”と単純に効果が図れることは珍しく、例えば、意思決定やアクションのスピードが上がりますといった定性的な効果が多くなります。社内にはまだそうした定性的なものに投資するルールや基準ができていなかったため、企画本部長を兼務している私が音頭をとるのが非常に効率的でした。そうした予算措置上の対応を企画本部長が兼務するということも、DX基盤の構築というステップの1つではないかと思います。

 また、新聞や雑誌でも取り上げられるような新たな技術テーマを社内へ取り込み、社内で展開することも始めました。2019年の秋から、そうした事例を発表する「ICTフォーラム」を社内で開催しています。例えば、ある工場が成果として出してきたものをICTフォーラムで発表します。そうすると、「そんなことができるのか」と、ほかの工場から話を聞かせてほしいと依頼があり、輪が広がっていく。そうした効果が、やっと出始めたところかなと思います。

――DX推進のための具体的な施策を教えてください。

吉川 今、マイクロソフトさんやアクセンチュアさんをはじめ、さまざまな企業とのアライアンスを行っています。通常のIT投資であれば、外部リソースの活用に際しても、だいたいのスコープを決めて、“こういう内容のことをデリバーしてください”と見積もりをとりますが、AIのような先端技術の導入では、スコープを決める段階から外部の方に参画してもらって進めていくケースがあります。ですので、マイクロソフトさんから技術を持っている方に来てもらい、企画構想段階からわれわれと一緒に行ってもらう。外部のリソースを吸収する力と、自分たちの事業や業務へ展開する力をつけることは大事なので、そうした機会を積極的に持つようにしています。これは、企画構想段階のものを実現させること自体も重要ですが、DX人材の育成にもつながっていくと思っています。

 今までは事業部が独立採算制の中で予算を立てていたので、企画構想段階のものを実現させるのは難しかった。ところが、それを本社のICT本部の予算で行うことにしたことで、工場側は稟議書を書かなくてよくなった。つまり、着手に対するハードルが下がるわけです。例えて言うなら、飛行機が離陸してある程度の高度に上がるまでは、多少強引とも捉えられる運営も必要なのではないかなと思います。

――そうした取り組みに対する成果は、どういったところに感じていらっしゃいますか。

吉川 建設機械に対してもお客さまからのクレームは当然ありますので、それに素早く対応するのは大事なことです。ですが、数多くの機種が市場に出ており、いろいろなお客さまがいる中で、タイムリーに対応するというのは難しい。そこで今、進めているのがAIを使ったクレーム内容の分析です。

 不具合が出た場合、お客さまがディーラーさんに機械を持ち込んで直してもらいますが、それらの大量のレポートが出てきます。紙で吐き出されるものを人間が全て目を通すことはできませんが、AIがそのレポートで使われている言葉の傾向などから、重大クレームにつながりかねないような事象を先回りで見つけることができます。

 従来は、AIなども予算がかかるという理由でなかなか承認が下りませんでした。ですが、一度トライしてみようということでやってみたら、いい結果につながったことで、いろいろな製品に展開するようになりました。もちろん、失敗もあるかもしれませんが、そうした経験から得たノウハウは資産として蓄積されていきますので、無駄にはならないと思っています。

大阪市浪速区にあるクボタ本社