従業員の意識が変わらなければDXは起こらない
日本を代表する総合重工業グループとして広範囲な事業に取り組んでいるIHI。2016年と2018年には、経済産業省と東京証券取引所が選定する「攻めのIT経営銘柄」に、2022年には「DX銘柄2022」に選定されるなど、時代に対応したDX推進が評価されている。大学卒業後、経済産業省に入省し、2017年の入社まで特許庁長官を務めるなど異色の経歴を持つのが、常務執行役員兼高度情報マネジメント統括本部長を担う小宮義則氏だ。小宮氏に、IHIならではのDXへの取り組みを聞いた。
――IHIがDXに取り組むようになったきっかけを教えてください。
小宮 当社では3年に一度程度の周期で中期経営方針を作っており、2013年5月に「グループ経営方針2013」を発表しました。こちらを策定する際に、新たな高度情報化、スマートな社会インフラ、複雑化する世界経済という3つの外部経済環境をメガトレンドとして認識し、これに対する対策として3つの“つなぐ”を考えました。「既存事業と周辺事業」「製品・サービスとICT」。そして、「グローバル市場とIHIグループ」です。そのうちの「製品とサービスとICTを“つなぐ”」を実現するために設立されたのが、今、私が所属する高度情報マネジメント統括本部でした。
――DX推進はどのように行っていったのでしょうか。
小宮 DXへの道というのは、デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタルトランスフォーメーションと3段階で進めるのが一般的ですが、当社もそうしたステップを踏んでいます。DXとは、今までのビジネスとは全く違うビジネスにするということですので。そういう意味で、われわれは第2段階のデジタライゼーションと狭義のDXを合わせて“IHIのDX”と定義付けています。
――DXを推進する上で直面した課題はありましたか?
小宮 2年前、私が高度情報マネジメント統括本部に着任した当時は、4つの事業領域との間でさまざまなプロジェクトを設定し、応援することによってDXができないかというトライアルをしていました。ところが2年の間に分かってきたのは、従業員の意識が変わらないとDXは起こらないということでした。自分のビジネスモデルや業務プロセスを本当の意味で変革するというのはどういうことか、それをビジネスサイドに考えてもらわなければいけないのだと気付いたのです。
そこで、私は“人の振り見て我が振り直せ”の精神で、幾つかのCIOやCDOのフォーラムに加入しました。30人ほどのCDOの方と議論して分かったのは、情報を生業にしている企業とメーカーとを比べると、DXを推進するのはメーカーの方が難しいということ。なぜかというと、日本のモノづくりというのはデータだけでなく、アナログな手触り感のもとで行われているからなのですね。これでは極めてサイロ構造ができやすく、トランスフォームの邪魔になります。
ところが、DXが進んでいるモノづくりの企業は、事業サイドの人をデジタルリーダーや未来投資ナビゲーターなどに設定してデータやデジタルを学んでもらい、その中で自分がどう変われるかを考えてもらう。つまり、下から変革が進むようなセッティングをしていることが分かりました。
早速、当社も昨年度からDXリーダーというものを作りました。当社には18のユニットがあり、ユニットごとに営業・設計・調達・生産・建設・アフターサービスと6つ以上の業務プロセスがあるので、最低でも108のマス目ができるわけですね。4つの事業領域の長と事業領域CDOに「1マスに1人以上、変革マインドのある人を指名してください」とお願いして、既に100人を超える人がDXリーダーに指名されています。
――DXリーダーとは、どのようなことをするのでしょうか。
小宮 具体的には3つのことを行っています。デジタルについて学習するためのオンライン講座のセッティング、疑問点を質問できるようなオンライン上のコミュニティーの設置。そして、もう1つがタテ・ヨコ対話です。タテの対話について言うと,多くのユニットは指示をバトンリレーしているだけで、バリューチェーンに縦に一気通貫で対応したことというのは実はあまり多くないのです。そうすると例えば、「お客さまから言われたことにとことん応えるのが自分の役目だ」と、ある設計者が凝った設計をしたがためにコストが上がり、利益が下がった。でも、その設計者からすると、自分とは関係のない話だとなりやすいのですね。そうではなく、お客さまの考えを聞きつつ、どういうやり方をすれば技術のベストミックスになるかを考えることが大事なのだと。社員みんながそういう思考になるには、上流から下流へと常にコミュニケーションをとる形にしなければいけないのです。これがタテの対話のポイントです。
また、ヨコの対話について言うと、当社は造船業から出発しており燃焼・回転・溶接という3大技術を持っていますが、以前はそれらの技術を組み合わせて製品にして売っていたので、「造船業」というのが1つの共通言語になっていたわけです。ところが、当社は造船業から退きましたから、お互いの言語が通じなくなってしまいました。でも、よく見ると似たような作り方や商売の仕方をしているユニットはあるので、もしかしたら隣のユニットと、作っているものは違えどプロセスは似ているかもしれない。それなら、他のユニットの成功例と失敗例を学習できるようにすれば、同じ失敗を繰り返さないだろうし、成功例をまねすることもできる。そういう横のコミュニケーションも大事ではないかということで、ヨコの対話も開始しています。