BMWが、ディンゴルフィン工場と並んで、EVに必要な第5世代高電圧バッテリーと駆動系コンポーネントの生産を2021年度中に計画しているレーゲンブルグ工場。この工場ではラインの立ち上げに先立って「ヴァーチャルな工場」で生産プロセス全体のシミュレーションを進めている。半導体メーカーのエヌビディア(NVIDIA)が開発したソフトウエアプラットフォーム「エヌビディア・オムニバース(NVIDIA Omniverse)」を採用し、人工知能(AI)による機械学習によって最も効率的な生産プロセスを見つけ出す取り組みを行っているのだ。

(参考)NVIDIA Omniverse - Designing, Optimizing and Operating the Factory of the Future(『NVIDIA GTC 2021』の基調講演のYouTube動画より)

BMWはエヌビディアの「エヌビディア・オムニバース(NVIDIA Omniverse)」を採用し、工場の立ち上げ前に高精度な「ヴァーチャル工場」で生産プロセス全体のシミュレーションを進めている(『NVIDIA GTC 2021』の基調講演のYouTube動画より)。
BMWの「ヴァーチャル工場」ではモーションキャプチャー・スーツを着た作業員の動きをデータとして取り込んでアヴァターに反映させることで、人間工学上の問題点も解決することができる(『NVIDIA GTC 2021』の基調講演のYouTube動画より)。

 エヌビディア(注5)のジェンスン・ファンCEOが2021年4月12日にオンラインで開催された『NVIDIA GTC 2021』の基調講演で行ったプレゼンテーションによれば、「エヌビディア・オムニバース」はさまざまな3Dモデルをシステムにインポートできるだけでなく、多数のCADのパッケージとも互換性があるので、生産プロセス全体について写真のようにリアルで細かいシミュレーションが可能になるだけでなく、作業員のアヴァターが部品や工具を持ったり、特定の工程を組み立てたりするシミュレーションにも対応できる。そのため、最適な生産ラインの手順を発見するだけでなく、従業員の目線に立って人間工学的な問題点を解決することにもつながる。

(注5)エヌビディアは創業当初はゲーム用の画像チップ(GPU)を生産していたが、自社の製品がAIによる画像処理と相性が良いことがわかると自動運転のAIプラットフォーム開発や医療用画像装置の分野に進出し事業拡大を図っている。

「エヌビディア・オムニバース」で描き出された「ヴァーチャル工場」はいわば実際の工場という物理空間(や従業員のモーションキャプチャー)から取得したリアルなデータをもとに、仮想のデジタル空間に物理空間の双子(コピー)を再現する「デジタルツイン」であるとも解釈できる。

 今後、BMWの工場は、世界中の設計と企画、オペレーションチームが連携して綿密なシミュレーションを行った上で、初めて現実の生産ラインが組まれ、生産プロセスがスタートするようになる。実際の生産ラインを止めて試行錯誤する過程を省くことができるので、短期化するモデルサイクルや増大するカスタマイズ需要にも迅速かつ柔軟に対応することもたやすい。しかも世界中のBMWの社員が「エヌビディア・オムニバース」の画面を共有するだけでコラボレーションが進む。アフターコロナの働き方のニューノーマルにもかなったワークスタイルではないだろうか。

 EVの生産が急拡大することで工場のデジタルトランスフォーメーションにも拍車がかかる。そしてこの種の破壊的イノベーションはBMW1社だけの進化ではなく、中国大陸のテスラやNIO(ニーオ、上海蔚来汽車)の最先端工場でも起きていることを日本のビジネスパーソンは警戒しなければならない。