(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役)
茨城県の南部・利根川沿いに位置し、江戸時代には「河岸のまち」として栄えた境町。境町が昨年(2020年)11月26日から自動運転バス3台を導入し、生活路線バスとして毎日10往復(往復5キロメートル)も運行しているというニュースはずっと気になっていた。
しかも驚くべきことに、この自動運転バスの乗車料金は「無料」だという。
コロナ禍で不要不急の外出を自粛していたこと、境町にアクセスする交通手段が自家用車に限られることもあり、境町まで出かけて自動運転バスを体験する機会をなかなか見出せずにいたが、晴天が続いた4月初旬の平日、思い切って境町役場 地方創生課に電話で取材を申し込み、自動運転バスに試乗させてもらうことになった。
自動運転バスの運営は、境町がソフトバンク系列の関連会社BOLDLY(ボードリー)(旧ソフトバンクドライブ、本社:東京都千代田区麹町)に委託している。幸いなことに取材当日は、自動運転バスのオペレーターとして乗車していたボードリー代表取締役兼CEOの佐治友基氏から直接話をお聞きすることができた。
今回の記事では、高齢化が進む境町で自動運転バスが必要とされる理由にフォーカスしながら、レベル4の自動運転が今後、普及する上で欠かせない要件、特に自動運転の「社会的受容性」について考えていきたい。
境町が自動運転バスの導入を決めた理由
境町に自動運転バスを導入することを決断したのは橋本正裕町長(45歳)だ。地元出身の橋本正裕町長は、芝浦工業大学 工学部建築工学科出身という理系のバックグラウンドを持ち、境町役場勤務を経て町議会議員を4期務めた後、2014年に町長に初当選。現在は町長として2期目である。
境町が抱える社会課題は、「町内に鉄道駅がなく、公共交通のインフラが弱い」ということだ。江戸時代に「河岸のまち」として水運に恵まれていたことが仇になり、鉄道の誘致が進まなかったのだ。街には農業以外に大きな産業がなく、住民の高齢化率も年々高まっている。高齢者の運転免許の返納という社会的な要請も高まる中で、境町の機能を維持するためには住民の移動をサポートする「バスが必要だ」という結論になったという。
境町には朝日バスという路線バスを運営する会社が存在する。だが、ベテラン運転者の退職や、そもそも若い世代の人口が少ないために運転者のなり手である大型2種免許取得者自体が少なく、バス会社が増便に対応することは不可能だった。
そんな中、2019年11月26日に橋本正裕町長が自動運転バスのニュースを発見した(おそらく「CEATEC JAPAN 2019」における自動運転バスの実証実験のニュースと推察される)。橋本町長は早速、ボードリーの佐治友基氏と連絡を取って12月26日に面談を実施する。
そして年明けの2020年1月9日には、町議会で、3台のフランス製自動運転バス「NAVYA ARMA(ナビヤ アルマ)」による5年間の運行・維持の費用として5億2000万円の予算を計上した(注1)。翌週の1月15日には町民試乗会の実施を経て、1月27日には実用化を決定、記者発表を行っている。
(注1)バスの車両代は3台で1億5000万円。予算の残りはオペレーター、保安要員、監視員の人件費、車両維持費と運行管理システムの利用料である。
橋本町長が自動運転バスのニュースを発見してから導入の記者会見までわずか2カ月間しか経過していない。理系出身の町長ならではの驚愕のスピード感である。
オペレーションルームで遠隔監視、緊急時はオペレーターが操作
ナビヤ アルマは、公共のモビリティサービスとして高頻度で運行することを想定したEV(電気自動車)であり、カテゴリーとしては「グリーン・スロー・モビリティ」に分類される。
車両は環境への負荷を抑えながら、最高時速20キロメートル/hでゆっくりと低速走行する。ちなみに往復5キロメートル(バス停8個分の距離)をフル乗車の状況で走行した場合のバッテリーの消費量は2%だという。単純計算で、1回の充電で50往復程度の運行をこなせることになる(ただしエアコンは不使用という条件)。
また、ハンドルのないナビヤ アルマを公道で走らせるために、境町は国土交通省が2018年に定めた自動運転の基準緩和認定制度(注2)を活用している。ナビヤ アルマの乗車定員は11人だが、セーフティドライバーとしてのオペレーターと保安要員各1名が乗客とともに乗車する(現在は新型コロナウイルス感染を防ぐために定員4人で運行されている)。オペレーターが運転に介入する際は、ハンドルではなくコントローラーを使って車両を操作する。
(注2)速度制限、走行ルートの限定、緊急停止ボタンの設置といった安全確保措置が講じられることを条件に、保安基準の一部を緩和する制度。
バスの出発点は、町内の「シンパシーホール」、終点は「河岸の駅さかい」である。シンパシーホールは、多目的ホールや集会室、テニスコートなどを備えた勤労青少年ホームだ。河岸の駅さかいには、地元の朝日バスのロータリーとナビヤ アルマのオペレーションルームがある。
ナビヤ アルマに搭載されている自動運転のメカニズムは「ADAS」(先進運転支援システム)としてはオーソドックスなものだ。すなわち、運営会社のボードリーが、バスが走る経路の「高精細3Dマップ」を作成して、運行ルート(プラレールのレールのように「ナビヤ アルマ」が走る道路上の仮想の軌道のようなもの)を作成する。道路上の障害物は車両の前後に1つずつ配置されたカメラと「LiDAR(Light Detection And Ranging:光を用いたリモートセンシング技術)」で検知し、人間や障害物があるとビープ音を発して自動停止する。また、現在走行している場所の「高精細3Dマップ」とLiDARが検知した障害物の情報は液晶モニターで映し出され、オペレーターが常に確認できるような状態になっている。
ナビヤ アルマの自動運転のソフトウエアは、かなり念を入れて安全走行のためのデフォルト設定がなされている。信号のある交差点では「青」信号でもビープ音を発して一旦自動停止する。また、路上駐車している車を避けるなどして本来の運行ルート(目に見えないプラレール)から外れてしまった場合は、オペレーターが介入して操作を行わないと自動運転を再開できない仕組みになっていることが確認できた。
さらに「河岸の駅さかい」に設けられたオペレーションルームでは、監視員が常時、運行しているバスに異常が発生していないかモニターし、その日の運行前の始業点検の履歴などもチェックできるようになっている。
試乗してみて印象的だったのは、あらかじめ設定された経路を低速で走行するという条件下ではあるが、ナビヤ アルマの運転の主体は明らかにシステム(クルマ)側にあり、「走行ルートや時間帯など特定条件下での完全な自動運転を行う」レベル4の基準に限りなく近づいているということである。
境町としても、近未来にナビヤ アルマの自動運転レベル4を実現することで、運営コストの大半を占める人件費の負担を縮減できるというメリットも期待できるとみている(現在、人件費は「ふるさと納税」の財源を活用して支えられている)。
基幹道路のバスを補完、共存のための課題とは
境町の自動運転バスの経路上には、病院、郵便局、銀行など町民の生活に欠かせないポイントが存在し、ボードリーの佐治氏の言葉を借りれば、ナビヤ アルマは無料で町民を運ぶ「横に動くエレベーター」の役割を担っているという。
しかし、古くは交通の要衝であり東日光街道と呼ばれた町の主要ルートには、既存のモビリティである朝日バスが営業運転を行っていることも事実である。5年後に「誰もが生活の足に困らない町」の実現を目指すために、次のステップで境町が取り組む必要があるのは、朝日バスと自動運転バスの機能的な役割分担の実現だ。具体的には大木の幹に相当するメインルートは朝日バスが担当し、より細かい枝葉に相当するルートは取り回しが良く人件費の負担も少ないナビヤ アルマが補完するという図式である。
こう言うのは簡単だが、それを絵に描いた餅に終わらせないためには、以下の3つのことが必要だと感じた。1つ目と2つ目は地方自治体としての境町の問題であり、3つ目は自動運転の開発を監督する国の問題である。
まず1つ目は、自動運転バス以外のモビリティを使って移動する境町の住民のコンセンサスの醸成だ。鉄道インフラがない町ゆえ、町内の移動についてはおそらく数十年後も自動運転と自動運転でない自家用車、タクシー、バスが混在することになる(中国・北京郊外の自動運転の実験都市「雄安」やトヨタの「ウーブンシティ」以外は同様の状況だろう)。
自動運転バスが今後も「グリーン・スロー・モビリティ」の方向性を貫くのであれば、放っておくと他の車との速度差による渋滞の発生や予期せぬ追突事故(自動運転でないクルマが追突してくる)などのケースが多発するリスクが予測される。
今回の試乗で自動運転車側からの目線で確認できたのは、多くの一般車のドライバーや路線バスの運転手は境町の取り組みに対しフレンドリーで紳士的だが、一部タクシーのドライバーによる乱暴な追い越しでナビヤ アルマのセンサーが危険を察知し、急ブレーキが作動してしまうようなケースがあった。バス側は渋滞が発生しそうになれば速度を落とし、道を譲るという丁寧な対応を徹底していただけに残念でもあり、また同時に「自動運転バスは交通弱者である」という社会的なコンセンサスを醸成することが必要だと痛感した次第である。
一方で良い変化もあったようだ。佐治氏によれば、自動運転バスが運行されているルートは、場所柄、路肩の違法駐車が多い通りだったが、昨年末の運行開始以降、路上駐車をすると、バス停での自動運転バスの停止と利用者の乗降に支障をきたすという意識が町民に浸透し、路上駐車自体がかなり少なくなったとのことである。
2つ目は、高齢者や身体障害者の乗降に対するサポートである。ナビヤ アルマのバッテリーは車体の前後に搭載されているため、設計上、低床を実現できているが、それでも写真のように身体機能が万全でない人たちに対しては必ずしも優しい設計になっていない。町の住人の高齢化が進み運転免許の返納が進んだ際に「誰もが生活の足に困らない」ようにするためには、高齢者の目線でバスの仕様を改善するアプローチ(乗降ステップを取り付けるなど)も大切になってくるだろう。
「社会」に受け入れてもらうための議論が必要
最後の3つ目は国への注文だ。2025年の自動運転「レベル4」実現へ向けた道路交通法の改正に向けて、国が関係各位に一律の基準で対応するのではなくて、境町のように自動運転への「社会受容性」の高い自治体(過疎地のラストワンマイルの移動などもこの範疇に含まれる)に対しては補助金を出したり、実証実験のハードルを下げたりするなどして、レベル4の普及と定着に向けたサポートを行うことが強く求められる。
境町がレベル4の自動運転を目指しながら、(技術的にはほぼレベル4をクリアできているにもかかわらず、コスト増の原因ともなる)セーフティドライバーであるオペレーターや保安員を乗車させ、故意にレベルを落として実質レベル3以下の状態で運行しているのは、実証実験などの一時的な運行を除き、ドライバー不在の公道での走行は法律上認められていないからだ。
例えば、境町の自動運転バスの運営をシステム運行者の適格性が高いボードリーが引き続き担当する前提で、交通量の少ない“町の枝葉”部分を走行する場合は、オペレーターや保安要員は乗車せず、文字通り「エレベーター」のような感覚で、オペレーションルームからの「監視」のみでレベル4の自動運転を許可してみてはどうだろうか。
3月14日にホンダが「世界初の自動運転レベル3量産車」という触れ込みで、「Traffic Jam Pilot(トラフィック・ジャム・パイロット)」(渋滞運転機能:高速道路の渋滞時にクルマに運転を委ね、ドライバーが車載器でDVD視聴などをできることを可能にする)を搭載した「レジェンド」を発売したことがニュースになった。テクノロジー単体としては素晴らしいと思うものの、それはプロダクトとしての差別化というマーケティング目的で導入されたもので、「社会的受容性」があるとは言い難い。境町の社会課題解決の取り組みと、企業のマーケティング活動の一環としての自動運転を、同じ土俵で扱うべきではないだろう。
日本貿易振興機構(JETRO)によるとドイツが自動運転レベル4の解禁に大きく動き出し、連邦政府がレベル4車両の公道での走行を可能にする道路交通法の改正案を閣議決定し、2021年までの法案可決、2022年までの施行を目指すという。
改正法案では、自動運転車の技術的な要件や認可・車検、運転者の義務、データ処理に関する規定などが新たに盛り込まれたが、レベル4が認められる分野は境町のようなシャトル交通サービスや自動運転ミニバス、ハブtoハブ交通、オフピーク時のニーズに応じたサービス、ラストワンマイルにおける人の移動やモノの輸送、自動バレーパーキングなど公共性の高いサービスにフォーカスが絞られているようで、そこにはドイツ連邦政府の「見識の高さ」を感じる。
今回の取材を終えて、レベル4の自動運転バスによる境町の社会課題解決のチャレンジが身を結び、持続可能なまちづくりにつながることを応援したい気持ちが一層強くなった。このことは「IT企業主導の米国型」でもない、「国家主導の中国型」でもない、「地方自治体発の社会受容性をベースにした日本型」の自動運転モデルを成功させることにもつながる。取材後にささやかではあるが、筆者もふるさと納税の形で境町と橋本正裕町長への支援をさせていただくことを決めた。