ボッシュは自動運転ではサプライヤーではなくプラットフォーマーとしてのチャレンジを続けている(CES 2020のボッシュの出展ブースにて:著者撮影)

(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役)

 今回が初のデジタル開催となった「CES 2021」(会期:2021年1月11~14日、ウェブサイトは2021年2月15日までオープン)。コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)の進化が加速したことが主にデジタルヘルスやロボティクスの領域で確認されたと同時に、主要なテック企業が「テクノロジーによる負の進化の側面」にも真摯に向き合い、解決に向けた糸口を模索しようという呼びかけがなされたという点で、これまでのCESとは一味違う、意義深いイベントだったように思う。

(参考)「CES 2021報告、コロナ禍でDXは『堅実に』加速した」(JDIR)

 基調講演に登場したマイクロソフトのプレジデント、ブラッド・スミスが「テクノロジーに良心はない」と警鐘を鳴らし、カーボンニュートラルやデータセキュリティの問題を提起したり、カンファレンスでアマゾン、グーグル、ツイッターのプライバシー責任者が「生活者のプライバシーと信頼」について話し合ったりしたことに象徴されるように、テック業界のリーダー企業が持続的成長の可能な社会づくりに向けて関与を深める姿勢を示したことは人類の明るい未来にとって意味のある前進、と捉えることができよう。

 一方で毎年CES会場に足を運び「定点観測」を行なっている著者にとって、今回のCES 2021は、スマートフォンの時代がスタートした2010年代の前半あたりから長期低落と存在感希薄化が続く日本のテック企業がとるべき近未来の役割とポジショニングについて、改めて深く考えさせられる機会であったこともまた事実である。

「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の「三方よし」に通じるソーシャルグッドな考え方を創業の理念に持ち、成熟して安定した社会が背景基盤にあるのが、<中国や韓国の企業では真似したくても真似できない>日本のテック企業の大きな特徴であり、同時に潜在能力でもある。自らの「なりわい」を見直しグローバルでの競争力を回復すると同時に、「テクノロジーによる負の進化の側面」にも主体的に向き合う。具体的には気候、健康、生活、産業、モビリティなど様々な分野で社会のサステイナブルな成長に資するソリューションを提供していくことで、日本のテック企業は再び世界に向けて輝きを取り戻せるのではないか。

 そんな想いを抱きながらバーチャルなCES 2021会場を巡っていたら、明日の日本のテック企業の「お手本」となるべきドイツ企業に行き当たるべくして行き当たった。「サステイナブル#LIkeABosch」のキャッチフレーズを掲げ、自らの旗色を鮮明にしてプレス発表を行ったボッシュ(Bosch)である。

 日本のテック企業はボッシュを目指せ! 今回はボッシュの戦略と「テクノロジーによる負の進化の側面」に向き合う、サステイナブルなソリューションにフォーカスしてみたい。

「サステイナブル#LikeABosch」の新キャッチフレーズの下、CES 2021のプレス発表においてインテリジェントで持続可能性のあるソリューションをアピールした独ボッシュ(出所:bosch.co.jp)

世界的大企業として初めてカーボンニュートラルを実現

 ボッシュのプレス発表は、CES 2021の会期初日(メディアデー)の2021年1月11日にCTO兼CDO兼取締役会メンバーのミヒャエル・ボレ、北米ボッシュ社長のマイク・マンスウェッティの2名が画面に登場する形で行われた。

 約30分のプレゼンテーションの冒頭、ボッシュが2018年に発表した「2020年末までにボッシュの全400拠点をカーボンニュートラル(CO2の排出量と吸収量が同じになること)にする」という取り組みが予定通りに達成されたことが報告された(第三者機関の調査による)。

プレス発表でプレゼンテーションするボッシュCTO兼CDO兼取締役会メンバーのミヒャエル・ボレ(出所:Bosch CES 2021 Press Conference)

 また、北米での新しいブランドキャンペーンも明らかにされ、これまでボッシュが使ってきたスローガン「Like a Bosh」(ボッシュのように)は「Sustainable#LikeABosh」(ボッシュのようにサステイナブルな生活をしよう)にバージョンアップされたことが紹介された。

「Sustainable#LikeABosh」(ボッシュのようにサステイナブルな生活をしよう)にアップグレードされたボッシュのブランドキャンペーン(出所:Bosch CES 2021 Press Conference)

 ボッシュが考える「サステイナブルな生活」とは「カーボンフットプリント(CO2の足跡)を削減する」だけでなく、「エネルギーを節約する」「水を節約する」そして「電力のロスを削減する」ことも含まれる。

「サステイナブルな生活」を実現する上で、ボッシュが行っている取り組みや具体的なソリューションは以下の通りである。

(1)ガソリンエンジンに替わる電動パワートレーン開発に多大な投資を行う

 ICE(内燃機関)に替わる電動のパワートレーン(E-mobility)開発に投資を続け、2020年だけで6億ドル(約624億円)の開発資金を投入した。ボッシュの電動パワートレーンをベースにした150万台の車両が全世界を走っている。

(2)電動自転車のソリューションにも取り組む

 電気自動車よりも環境負荷の少ない電動自転車の開発にも注力する。ボッシュは「e-bike」(イーバイク)と呼ばれる電動自転車のソリューションに取り組んでおり、最新世代のオンボードコンピュータ「Nyon control panel」(ニヨンコントロールパネル)がCES 2021の「イノベーションアワード」を受賞した。

CES 2021でイノベーションアワードを受賞したボッシュの電動自転車用オンボードコンピュータ 「Nyon control panel」(出所:bosch.co.jp)

(3)「バレーパーキング」自動化の運用を進める

 ハリウッド映画でよく登場するように、米国ではホテルやレストランの入り口に専任の担当者が待機しており、顧客から自動車とキーを預かって専用のパーキングに駐車する「バレーパーキング」と呼ばれる方式が一般的だ。2020年にボッシュがフォードなどと共同してデトロイトで行った実証実験では、道路側に設けられたインフラを利用、自動運転でパーキングが可能であることが確認された。人力によるハンドルやアクセルの無駄な操作がなくなればエネルギーの節約にもつながるだろう。今後は空港のパーキングなどでの展開も期待されている。

(4)電気自動車のバッテリー寿命を伸ばす充電ソリューションを提供する

 電気自動車のバッテリーの状況をクラウドに常にアップロードし、個別の車両に最適な充電方法を採用する仕組み「バッテリー・イン・ザ・クラウド」も紹介された。読者の皆さんもスマートフォンの充電で経験されている通り、電気自動車でも急速なフル充電を繰り返すとバッテリーの劣化が早くなるという厄介な問題が発生する。ボッシュのシステムではバッテリーの状態をクラウド側から監視することにより、その充電量やスピードを調整することでバッテリーの寿命を伸ばすことが可能になる。

電気自動車の充電ソリューション「バッテリー・イン・ザ・クラウド」(出所:Bosch CES 2021 Press Conference)

(5)自動運転車専門のソフトウエア開発組織を立ち上げ、開発のスピードを上げる

 ボッシュは「AIoT」と呼ばれるAIを活用したIoTの導入にも積極的に取り組んでおり、同社の工場で活用が進んでいる。ドイツのハンブルグ工場のクラウドベースのエネルギープラットフォームでは2年間で10%のCO2削減の実績をあげている。効率化に伴うスピードアップもサステナビリティに貢献するのだ。ボッシュが開発した新型コロナウイルス用のPCR検査機器「Vivalytic」は5つの検体を同時に検査し、2.5時間以内に検査結果を出すことができる。また加速的に増大する自動運転のソフトウエアコード開発に対応するため、1万7000人のエンジニアからなる「クロスドメイン・コンピューティング・ソリューション事業部」を立ち上げ、電気自動車をベースにした自動運転におけるソフトウエア開発の効率化とスピードアップを図る。

「気候変動の課題」を乗り越えるボッシュの「AI倫理指針」

 プレゼンテーションの終盤ではボッシュの「AI倫理指針」、つまりAIの活用に関して倫理的なレッドライン(超えてはいけない一線)についての再確認もなされた。AIとCO2の削減は一見、距離が遠いように感じてしまうが、ボッシュではAIの活用で膨大なデータの分析から論理的な意思決定を行うことが可能になり、交通、医療、農業など多くの分野で最適なソリューションを実現することを通じて、直接、間接を問わず「気候変動の課題」を乗り越える一助となる、というポリシーを表明している。

自動運転ではセンシング、ドライブ、ナビゲーション、エンターテインメントなど様々な分野でAIの活用が不可欠になるが、人間がコントロールを維持することが原則になる(出所:bosch.co.jp)

「AI倫理指針」は実は2020年2月にベルリンで行われたボッシュのIoTカンファレンス「ボッシュ コネクテッドワールド」(BCW)を機に策定されたガイドラインである。ボッシュは2025年までに全製品にAIを搭載する、または開発や製造にAIを活用することを目指しているので、その活用に関するガイドラインを定めることは事業の成功のみならず、社会的な信頼を勝ち取るためにも極めて重要になる。

 ちなみにボッシュ コネクテッドワールドのオープニングでボッシュCEOのフォルクマル・デナーは「AIを用いたボッシュ製品に対する信頼を得ることが、私たちの使命です」と述べている。

 ボッシュの「AI倫理指針」は以下の3つのアプローチからなる。

第1のアプローチ「human-in-command」】AIは補助としてのみ使用する

第2のアプローチ「human-in-the-loop」】AI自らが意思決定を行うが人間がいつでもその決定を覆すことができる

第3のアプローチ「human-on-the-loop」】エンジニアが開発過程で一定のパラメーターを決め、AIはパラメーターに基づいてシステムを作動させるか否かを決定する

 つまりその基本原則を一言で表すと「ボッシュが開発するAIベースの製品ではAIが行ういかなる意思決定においても人間がコントロールを維持しなくてはならない」という精神に集約できる。

 同時にこれをボッシュ一社で独善的に推進するのではなく、「AI倫理指針」がAIに関する開かれた議論の場で貢献することを希望し、欧州委員会の専門組織、世界の大学や研究機関のプロジェクトにも積極的に関与して、それらの枠組みの中で主体的な役割を果たすことをコミットしている。

 ボッシュは今後2年間でAIの活用に関するトレーニングを2万人の従業員に実施する計画で、AIの責任ある活用について定めた「AI倫理指針」もトレーニングで扱われるという。

日本のテック企業が見習うべき「理念との整合性」「なりわい変革」

 ボッシュが提案する「サステイナブルな生活」を実現するための様々なソリューション、またそれらを技術的に下支えするAIの活用方法を定めた「AI倫理指針」は時流に迎合するために突然、打ち出されたものではない。それはボッシュが創業時から培ってきた「社会的責任を持って技術革新を追求する」という経営理念を示す「Invented for Life」の精神に則ったものなのだ。

 基本的なフィロソフィ(経営の軸足)は変えないで、DX時代になって顕在化してきた「テクノロジーによる負の進化の側面」の本質を真っ直ぐに見据えて事業領域に取り込んでいく。さらに「気候変動」への対応(カーボンニュートラルの実現)を企業としてのプライマリーな(喫緊な)アジェンダ(議題)として真摯に受け止め、経営資源をロジカルに配分して最適化を図る。ブランドの「理念との整合性」を押さえながら、社会的な大義として「テクノロジーによる負の進化の側面」に向き合うロジックの立て方(いわば企業としてのビッグピクチャーだ)は、今回のようにCES 2021という大舞台で全世界へ発信する際にも、また全世界で約40万人ともいわれる従業員を腹落ちさせて振舞いを変えさせる意味でも、極めて戦略的に作用するだろう。特にこの点は、CES 2021で日本のテック企業も大いに見習うべきだと感じた最大のポイントである。

 さらに日本のテック企業が注視すべき点を挙げるとすると、それはボッシュの「なりわい変革」のスピードの速さだ。

 ボッシュの起源は1886年にロバート・ボッシュ(1861~1942年)がドイツのシュトゥットガルトに設立した「精密機械と電気技術作業場」に遡る。近年はモビリティ・ソリューションズ、産業機器テクノロジー、家電などの消費財、エネルギー・ビルテクノロジーの4事業セクター体制で運営されているが、DXの時代に突入してIoTテクノロジー(スマートホーム、インダストリー4.0、コネクテッドモビリティなど)のソリューションに勝機があることを確信すると、自社が得意とするセンサー技術、ソフトウエア技術、「Bosch IoT Cloud」を活かし、さまざまな分野にまたがる「ネットワークソリューションカンパニー」を事業のドメインと定めてその進化の足取りを速めているように映る。

 このことは日本のテック企業が、明確な「ビジョン」(近未来のありたい姿)を描くことなしに、不採算部門を従業員もろとも、いともあっさりと売却してしまう残念な事実とは極めて対照的に映る。

(参考)「ボッシュ、P&G、アマゾンが挑むAI時代の業態変革」(JDIR)

3つのアクションは相互に関連

 ボッシュのプレス発表の最後、CTO兼CDO兼取締役会メンバーのミヒャエル・ボレは次のような印象的な言葉を残してプレゼンテーションを締めくくった。

「ボッシュでは技術的なイノベーション、事業の成功、気候変動に対するアクションの3つがお互いに背反することはありえないと確信しております。これら3つの課題は深く関わり合うものに他ならないと信じています」

(原文は、“Ladies and gentlemen, at Bosch we firmly believe that technological innovation, business success, and climate action are not mutually exclusive. We believe that all three are interdependent.”)

 このミヒャエル・ボレの発言はCSVやSDGsの世界ではさんざん言い古されていることかもしれない。しかし、これをCES 2021のような大舞台で、世界のテック企業に先駆けて「有言実行」の姿を示せるところに、ボッシュの「グローバル基準」の強みが集約されていると言えないだろうか。