(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役)
世界最大規模の民生技術のイベント「CES」(シーイーエス)。世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、今回は完全デジタルでの開催となったことは前回掲載の記事でお伝えした通りである(会期:2021年1月11日~1月14日。サイトは2021年2月15日まで閲覧可能)。
(参考)憧れのCESが完全デジタル開催で「身近なCES」へ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63323
筆者はカスタマーエクスペリエンス(CX)を専門とするコンサルタントである。例年と違い、「東京に居ながらにして」体験した完全デジタル版CES 2021の4日間を、マーケティングの視座、とりわけ「CXとDXの接点」からレポートしてみたい。
コロナ禍は「人間の良心」にも刺激を与えた
まず、今回のCES 2021を象徴する、わかりやすい「見出し」をつけるとするなら、本記事のタイトルにもあるように「コロナ禍でDXが<堅実に>加速した」ということに尽きるだろう。
単に「コロナ禍でDXが一気に加速した」というだけなら、昨年(2020年)春以降のリモートワークの普及やドキュメントクラウドの活用など、働き方改革の実践と重なる部分があり、多くの日本人も共感しやすいと思う。
CES 2021会期の初日、メディア向けセッションである「CES 2021テックトレンドウォッチ」では、まずCESの主催者であるCTA(Consumer Technology Association:全米民生技術協会)のアナリストから「コロナ禍は、イノベーションを加速させる最大のチャンスである」と言及があった。
英国の経済学者クリストファー・フリーマンの「イノベーションは不況の時にそのスピードを加速させ、景気が回復した時にその技術革新の大きなうねりを解き放つものである」という言葉に重ね合わせ、特にEコマース、オンラインショッピング、遠隔医療、ストリーミングビデオの4分野で技術の浸透が一気に早まっていることをデータで示す形で解説がなされた。
同じくCES 2021 の会期初日に基調講演を行った米ベライゾンのCEO、ハンス・ベストベリも「新型コロナウイルスによりDXは5~7年早まった」と述べているし、マイクロソフトのCEO、サティア・ナデラも「2年かかるDXが2カ月で進んでいる」と発言していることから「コロナ禍でDXが一気に加速した」というCTAの見解に異論を挟む余地はないだろう。
それでは「堅実に」という意味合いはどうか?
それは「テクノロジーによる進化の負の側面」にテック企業が真摯に向き合い、解決に向けた糸口を真摯に模索しようという呼びかけが広くなされたことによる、というのが筆者の見立てである。
CES 2021の会期の後半、基調講演に登壇したマイクロソフトのプレジデント、ブラッド・スミスが強くメッセージしたように「テクノロジーには良心はない」のである。世界的に関心が高まっている「カーボンニュートラル」への取り組みだけでなく、クラウドの活用と反比例して懸念が拡大する「データセキュリティ」の問題、AIの開発にいかにして人間性(ヒューマニティ)や倫理観を注入していくかというような、先進テクノロジーに関わる、多くの人たちがモヤモヤを感じていた課題提起が今回、マイクロソフトや独ボッシュのようにCESで存在感を放つ企業から発信されたことは大きな意味を持つ。
またカンファレンスでは「生活者のプライバシーと信頼」についても話し合われた。アマゾン、グーグル、ツイッターのプライバシー責任者が、新しいプライバシー規制と生活者の信頼を高める必要性について話し合い、テック企業はユーザに対してデータの管理を一層強化する責任があると結論づけた。
今回のCES 2021ではCES 2017のアンダーアーマー、CES 2018~2019のエヌビディアのように、垣根の向こうから突然乱入してきてテック市場をかき回すような風雲児は見当たらなかった。しかし、「テクノロジーによる進化の負の側面」の課題は、一企業や国という枠組みを超えて人類が協働して乗り越えなければいけない性格のものだ。CESのような世界のテック企業のリーダーが集まる舞台で解決に向けた建設的な話し合いが、なるべくオープンな形式で行われることが不可欠になる。「テクノロジーを扱う人間の良心」として、この「堅実な」流れが定着していくことを筆者は希望する。そしてこのことは必然的に「ポスト・ニューノーマルな社会をどう創っていくか」という議論に繋がって行く。