ファインネクス 執行役員 支援本部 経営企画部長 宮森 誠氏

 ファインネクスは、日本一小さな村、富山県舟橋村に本社を置く年商60億円の電子部品製造の企業だ。CPUに使用される「PGAピン」で一時は世界シェア75%を誇っていたが、2015年頃、2年後にはその市場自体が消滅するという大きな危機に直面した。そのような状況の中、社長が交代する。大きな岐路に立つファインネクスが、経営危機を脱するために目指したのは数字にもとづく科学的経営を実現することだった。プロジェクトを主導した執行役員 支援本部 経営企画部長 宮森 誠 氏の講演から、変革の中身に迫る。

日本一小さな村のニッチトップ企業、ファインネクスが直面した危機

 ファインネクスは富山県中舟橋村に本社を置く年商60億円の製造業企業。IC半導体用端子、コネクタ端子、ダイオード端子などのほか、車載用二次電池端子なども手掛けており、それらは世界で販売されている、いわゆるニッチトップ企業だ。東京、大阪、名古屋に支店を持ち、富山県内に4工場、ベトナムにも生産拠点を持つ。本社を置く富山県中舟橋村の人口は約3200人あまり、面積は羽田空港の2倍、東京ドーム27個分ほどしかない、日本でもっとも小さな村として知られている。

 同社は2017年にSAP ERPの導入を決めた。同社執行役員 支援本部 経営企画部長の宮森誠氏は「その背景には、主力製品であったPGAピンの市場そのものがなくなるという大きな危機に直面したことがありました」と語る。

 PGAピンとは、CPUパッケージの基板とマザーボード上のソケットを電気的に接続する端子である。ノートパソコンやサーバー用のCPUに広く用いられた。2010年代前半、同社のPGAピンの月産は150億ピン、実に世界のシェアの75%を占めていたほどだ。

「ところが当時、主要顧客である大手CPUメーカーが発表したロードマップでは、2年後の2017年からPGAピンを使うモデルがなくなるとのことでした。市場そのものがなくなってしまうのです」

 稼ぎ頭であったPGAピンがなくなると、同社の収益構造は一気に揺らぐだけではなく、会社の存続も危ぶまれるような状況になる。現社長の松田竜介氏は、まさにそのタイミングで就任した。「100億ピン以上生産していた製品がゼロになることが分かっています。次に主力になる製品を定め、売上を拡大する必要があります。そのために松田は、『会社全体を』『科学的に』『数字を見て』考えたいとの強い意志のもと経営改革に着手しました」。(宮森氏)

 だが、松田社長の思いは、いきなりくじかれることになる。既存のシステムは老朽化が進み、求める機能がほとんど発揮できなかったのだ。

在庫や原価の管理もできない、老朽化したシステムが大きな問題に

 ファインネクスが販売する品目は登録数で1~2万点、1年間に流通する品目でも3000~4000点という多品種にわたる。次代の主力製品として照準を定め、強化していくためには、これらの多数の製品のうち、どの製品がどれだけ稼いでいるかを把握する必要がある。

「ところが当社のシステムではそれが容易ではありませんでした。まず老朽化しているため最新のOSに対応していませんでした。機能が不足しており、特に原価管理機能が弱かったのです」と宮森氏は話す。

 何より、システムが各部門で個別最適化されており、手作業で属人的に行っている工数も多かった。松田社長が重視する原価管理についても、課題は山積みだった。

「お恥ずかしい話ですが、それまで当社には予算策定や予実管理という概念が無かったのです。製品ごとの原価計算もできていませんでした。在庫と仕掛品の管理は棚卸の時しか行っておらず、日ごろは受注が入るたびに営業が生産部門に電話をし『いくら出せる?』『〇個なら出せる』といったやり取りをしていました。営業部門と上流工程、下流工程が連携していないために、納期遅延が発生しないように在庫を過剰に持っていました。」

 原価管理をしっかりと行い、利益を把握した上で意思決定を行う。言葉で表現するのは簡単だが、それをシステムに落とし込むのは容易ではない。原価管理だけでなく、主材料や副材料の購買管理、生産管理、在庫管理、販売管理、さらには会計などと連携する必要があるからだ。

「システムの刷新は必須でしたが、当社には情報システム担当者が4人しかいないため、スクラッチで一から開発するのは現実的ではありません。そこでパッケージ商品から選択することにしました。その中でSAP ERPを選んだのは、原価計算もしっかりできる上に、会計機能が充実していたことです。さらに組み込まれている業務の網羅性も高く、アドオン開発が少なく投資も抑えることができると考えました」と宮森氏は話す。

 実際に、SAPが提示した業務改革のイメージは「まさに当社が目指したい姿だった」と宮森氏は振り変える。

 予算策定も予実管理も行われていない状況から、「予算策定し、月次実績を早く把握、ポイントを分析する『予実管理』を導入」、「3カ月程度の見通しを示し、『生産計画管理』を強化」、さらに「『在庫・出荷管理』を導入することでの様々な業務改善」を目指すことを図で説明し、導入を進めていった。

予実管理、生産計画管理、在庫出荷を強化、連携させることを目指した。
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“今までのやり方”ではなく“世の中の標準”にあわせる

 EPRパッケージを導入する場合「わが社のやり方」に固執するあまりカスタマイズが増え、追加の投資やスケジュールの延期などが発生するケースが散見される。その点で、ファインネクスの姿勢は注目すべきだ。宮森氏は次のように語る。

「SAPは『Fit to Standard』(システムの機能に合わせて業務を変えること)を提唱しています。世の中の多くの企業でSAPのERPが使われているということは、それが“世の中の標準”であり、“教科書”なのです。であれば、当社自身がこの“教科書”に業務を合わせようと考えました。そうすればコストも開発期間も最小限に抑えることができます」

 世界の企業のベストプラクティスをいきなり導入できるわけだ。といっても、現場からの反発もあったという。

「『ずっとこのやり方でやってきた、なぜ変えないといけないのか』という声も多かったですね。それに対しては、『これまではPGAだけで利益を上げることができ、他の製品がどうなっているか分からないような状態でも会社は儲かっていた。それが終わるのだから、すべてを見えるようにしないといけない。そのためには“世の中の標準”に合わせる必要がある』といったことを何度も説明しました」

 松田社長、情シス部門、ユーザー部門代表の宮森氏が三位一体となり、旧来のやり方を「是」としない、強い覚悟で変革を進めたという。といっても、上から押し付けるのではなく、プロジェクトメンバーの連絡会議、責任者会議などを設置し、各部門から上がってくる課題を洗い出してはそれをつぶしていった。全体朝礼などでも松田社長自ら何度も説明し、社員への啓もう活動を行ったという。

導入体制を整備し、現場部門の要望に対応した
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社員の多くが、利益などの数字ベースで語れるようになる

 ファインネクスがSAP EPRの導入に着手したのが2017年2月、システム構築を1年程度で行い、2018年4月にカットオーバーした。ベトナム工場にも2019年後半に導入している。かなり速いペースで導入できているが、そこには、松田社長の強いリーダーシップで改革を推進してきたことがあるだろう。むろん、その背景には、主力製品の市場そのものがなくなるという危機感もあったに違いない。以来、6年半あまりになるが、SAP ERP導入の効果は出ているのだろうか。

「定量的、定性的ともに大きな効果が出ています。最大の効果の一つは製品別の実際原価計算が可能になったことです。これにより、製品別の利益が把握できるようになり、赤字製品(問題)が顕在化し、価格の見直しなどの改善策が実行できるようになりました。また、顧客別の利益もSAPのERPからデータをダウンロードすれば簡単にパレート分析ができるため、利益の大きな注力顧客とそうでない顧客が明らかに可視化できるようになりました」と宮森氏は紹介する。

 そして、SAP ERPならではのデータ連携も可能になった。上流工程への自動指図の発行、材料の自動発注などのほか、在庫管理の厳格化および循環棚卸により、これまで期末ごとに業務を停止して行っていた棚卸が不要になったという。

 定量的にも工場の生産性の向上、経理部員の工数削減、部門間での電話での連絡業務の削減(ほぼゼロに)、長期滞留品の廃棄もSAP導入前の3分の1に減った。

製品別原価計算可能になるなど、定性面以外でも大きな効果が出ている
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 宮森氏は「何より、製品ごとの利益など、数字を共通言語として社員が議論をしたり、経営者が意思決定できるようになったりしたことは大きな変革だと感じています」と語る。中堅中小企業が短期間に経営改革を実現した好事例と言えるだろう。「将来の夢の実現に向けて、さらにSAPのソリューションを活用していきたい」と宮森氏は力を込める。

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