ボッシュの「AI倫理指針」は以下の3つのアプローチからなる。

第1のアプローチ「human-in-command」】AIは補助としてのみ使用する

第2のアプローチ「human-in-the-loop」】AI自らが意思決定を行うが人間がいつでもその決定を覆すことができる

第3のアプローチ「human-on-the-loop」】エンジニアが開発過程で一定のパラメーターを決め、AIはパラメーターに基づいてシステムを作動させるか否かを決定する

 つまりその基本原則を一言で表すと「ボッシュが開発するAIベースの製品ではAIが行ういかなる意思決定においても人間がコントロールを維持しなくてはならない」という精神に集約できる。

 同時にこれをボッシュ一社で独善的に推進するのではなく、「AI倫理指針」がAIに関する開かれた議論の場で貢献することを希望し、欧州委員会の専門組織、世界の大学や研究機関のプロジェクトにも積極的に関与して、それらの枠組みの中で主体的な役割を果たすことをコミットしている。

 ボッシュは今後2年間でAIの活用に関するトレーニングを2万人の従業員に実施する計画で、AIの責任ある活用について定めた「AI倫理指針」もトレーニングで扱われるという。

日本のテック企業が見習うべき「理念との整合性」「なりわい変革」

 ボッシュが提案する「サステイナブルな生活」を実現するための様々なソリューション、またそれらを技術的に下支えするAIの活用方法を定めた「AI倫理指針」は時流に迎合するために突然、打ち出されたものではない。それはボッシュが創業時から培ってきた「社会的責任を持って技術革新を追求する」という経営理念を示す「Invented for Life」の精神に則ったものなのだ。

 基本的なフィロソフィ(経営の軸足)は変えないで、DX時代になって顕在化してきた「テクノロジーによる負の進化の側面」の本質を真っ直ぐに見据えて事業領域に取り込んでいく。さらに「気候変動」への対応(カーボンニュートラルの実現)を企業としてのプライマリーな(喫緊な)アジェンダ(議題)として真摯に受け止め、経営資源をロジカルに配分して最適化を図る。ブランドの「理念との整合性」を押さえながら、社会的な大義として「テクノロジーによる負の進化の側面」に向き合うロジックの立て方(いわば企業としてのビッグピクチャーだ)は、今回のようにCES 2021という大舞台で全世界へ発信する際にも、また全世界で約40万人ともいわれる従業員を腹落ちさせて振舞いを変えさせる意味でも、極めて戦略的に作用するだろう。特にこの点は、CES 2021で日本のテック企業も大いに見習うべきだと感じた最大のポイントである。

 さらに日本のテック企業が注視すべき点を挙げるとすると、それはボッシュの「なりわい変革」のスピードの速さだ。

 ボッシュの起源は1886年にロバート・ボッシュ(1861~1942年)がドイツのシュトゥットガルトに設立した「精密機械と電気技術作業場」に遡る。近年はモビリティ・ソリューションズ、産業機器テクノロジー、家電などの消費財、エネルギー・ビルテクノロジーの4事業セクター体制で運営されているが、DXの時代に突入してIoTテクノロジー(スマートホーム、インダストリー4.0、コネクテッドモビリティなど)のソリューションに勝機があることを確信すると、自社が得意とするセンサー技術、ソフトウエア技術、「Bosch IoT Cloud」を活かし、さまざまな分野にまたがる「ネットワークソリューションカンパニー」を事業のドメインと定めてその進化の足取りを速めているように映る。

 このことは日本のテック企業が、明確な「ビジョン」(近未来のありたい姿)を描くことなしに、不採算部門を従業員もろとも、いともあっさりと売却してしまう残念な事実とは極めて対照的に映る。

(参考)「ボッシュ、P&G、アマゾンが挑むAI時代の業態変革」(JDIR)

3つのアクションは相互に関連

 ボッシュのプレス発表の最後、CTO兼CDO兼取締役会メンバーのミヒャエル・ボレは次のような印象的な言葉を残してプレゼンテーションを締めくくった。

「ボッシュでは技術的なイノベーション、事業の成功、気候変動に対するアクションの3つがお互いに背反することはありえないと確信しております。これら3つの課題は深く関わり合うものに他ならないと信じています」

(原文は、“Ladies and gentlemen, at Bosch we firmly believe that technological innovation, business success, and climate action are not mutually exclusive. We believe that all three are interdependent.”)

 このミヒャエル・ボレの発言はCSVやSDGsの世界ではさんざん言い古されていることかもしれない。しかし、これをCES 2021のような大舞台で、世界のテック企業に先駆けて「有言実行」の姿を示せるところに、ボッシュの「グローバル基準」の強みが集約されていると言えないだろうか。