野中郁次郎氏が提唱する共感経営の新モデルとは?

AIが進化する時代に欠かせない、知識実践の在り方

JBpress/2021.2.3

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※本コンテンツは、2020年11月24日(火)~11月29日(日)に開催されたJBpress主催「JBpress DX World 2020 デジタルの力で拓け、ポストコロナの未来」での講演内容を採録したものです。

一橋大学 名誉教授
野中 郁次郎氏

日本的経営の危機を招いた「3つの過剰」

 私の講演テーマは「ヒューマナイジング・ストラテジー」です。ヒューマナイジング・ストラテジーとは、共感をベースにした、より人間くさい戦略を意味します。

 2019年7月1~2日にかけて、スコットランドのエジンバラ、アダム・スミスの旧宅で開かれた「新啓蒙会議」というカンファレンスに出席しました。主催者は、米カリフォルニア大学バークレー校経営大学院教授 デイビット・ティース、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員教授 ジョン・ケイ、アメリカの歴史学者 ニーアル・ファーガソンの3人。ここで論じられたのは、われわれはもう一度原点に返り、人間の倫理に基づいた資本主義を考えなくてはいけないのではないか、ということです。

 皆さんはアダム・スミスの有名な著作『国富論』をご存じですね。アダム・スミスといえば市場万能主義を論じた『国富論』で知られていますが、実はその前に『道徳感情論』が存在します。人間の共感、倫理、そういうものをベースにした本が『道徳感情論』でして、市場メカニズムがうまく機能するためには共感が必要、と述べられていたのです。しかし、今日はあまりにも市場万能主義が強調され過ぎ、最終的に株主資本主義というところにまで行きついています。

 新啓蒙会議で導かれたのは「株主価値最大化の否定」「顧客第一主義」「従業員の復権」が必要、という結論です。株主価値の追求によって従業員の仕事の尊厳が奪われ、いわゆる人的資源として扱われていますが、本来は人間こそが資源を作る創造体である、という主張です。改めて「資本主義の道徳論」、いわば顧客やステークホルダーとの共感の上に立った道徳的なステークホルダー資本主義の重要性が説かれたわけですね。

 では、そうした流れがある中で、どのように企業を経営すべきか。明確な結論を出すことが今後の課題でもあります。そして私はそのヒントが、日本的経営の根底にある本質にあるのではないか、と考えています。そうした意味でも今、われわれは新しい日本的経営の在り方を世界に発信していかなければいけないのではないでしょうか。

 ところが、昨今の日本的経営を見ますと、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代に見られた輝きは消え、急激にその地位は凋落しています。では、なぜ、そういった状況にあるのか。おそらく「3つの過剰」、すなわち「オーバー・アナリシス(過剰分析)」「オーバー・プランニング(過剰計画)」「オーバー・コンプライアンス(過剰規制)」があるからです。そういった極めて形式的な論理の過剰な重視が人間の野性味や創造性、生き方を劣化させているのではないか、と思うのです。

 典型的な戦略論で言いますと、マイケル・ポーターの競争戦略があります。最初に市場の構造分析があり、企業の戦略が導かれるというものです。数量化される科学的な視点、分析的な戦略論といったものが今日まで支配的でした。MBAの教育も同様に、科学的な視点に重きを置かれています。いわゆる数値経営、最近ではデジタリゼーションやDXが論じられていることも潮流の一つかもしれません。

 そうした中で何が最も重要なのか、見極める必要があります。われわれ人間の本質は、最初に「分析・理論ありき」というよりも、そこにどういう意味があるのかを問う「意味づけ」、そして「現場・現物・現実」にあります。われわれは絶えず、数値の背後にある意味や価値を考え、生き方を考えていくことが重要ではないでしょうか。