大賀典雄氏(2004年、撮影:横溝敦)

 ソニーは何の会社かと聞かれ、戸惑う人も多いだろう。テレビなどのAV機器は誰もが知っているが、ゲーム会社でもあり、映画や音楽、金融もある。それこそが世界で無二のソニー(ソニーグループ)の最大の特徴だ。そしてこの異色の会社の礎を築いたのが、元はプロの声楽家だった「異能の人」、大賀典雄氏(1930年─2011年)だった。

音楽家の大賀氏だからこそできたCD規格を巡る「ネゴシエーション」

 東京芸術大学声楽科出身の大賀典雄氏は、ソニー入社後しばらくは声楽家とビジネスマンの二足のわらじを履き続けていたが、あまりの多忙さから音楽の道を自ら断った。

 そして還暦を過ぎてから、今度は指揮者として音楽の世界に戻り、世界の名だたる楽団を相手にタクトを振るった。北品川にあったソニー本社応接室の、大賀氏が座る席のサイドテーブルの上には、常にタクトが置かれていた。

 指揮者に転じたのは声楽を続けるには喉を鍛え続けなければならず、中途半端な声では人前で歌うことなどできないと考えていたためだ。それほどまでに大賀氏は、声楽家の自分に強いプライドを持っていた。

 この大賀氏の音楽経験が、ソニーが「ハードとソフトの両輪経営」を進める上で大いに役に立ったのは前編(「日本を代表する『異能の経営者』、プロの声楽家だった大賀典雄はなぜソニー入りを決断したのか」2024年10月31日公開)でも書いた。

 CBSレコードと合弁でCBS・ソニーレコード(後にCBS・ソニーに社名変更、現ソニー・ミュージックエンタテインメント)を設立し、約10年で日本一のレコード会社に成長したのも大賀氏の存在があったからだ。

 しかしこれだけなら、単に「音楽事業でも成功したソニー」というだけに過ぎない。両輪経営が本格化するのは、大賀氏が社長になってからだ。