昨年までのようなリアル開催の場合、例えば、早朝、ベネチアンホテルのボールルームで行われる基調講演から1日をスタートした後、お隣のサンズホテル会場や少し離れたLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)で展示会場を一通り回り、さらにモノレールを使ってMGMパークシアターに移動してパネルディスカッションを聴くという「フルコース」のスケジュールを組んだとしよう。歩く距離だけで20キロメートルは下らないし(しかもどこも物凄い混雑だ)、行列の待ち時間もトータルで2時間は超えるだろう。ランチも席を取るのに一苦労だ。これらが限りなくゼロになるメリットは、冷静に考えると大きい。

 第2のメリットは「日本語での情報が得られやすくなる」という点だ。CESで難儀するのは、様々なタイプの英語に対応しなければいけないことだ(間違いなく著者もその混乱に加担しているが・・・)。CTAの事前アナウンスによると基調講演や展示などでは複数の言語のサポートがあるという。コミュニケーションの点でストレスが軽減されることは英語がネイティブレベルではない多くの日本人にとっては朗報だろう。母国語でのコミュニケーションで得られる情報の質も拡大に上がるはずだ。

 そして第3のメリットは「参加のための渡航費(出張旅費)がかからない」ということが挙げられる。この恩恵は絶大だ。CESの開催時期の渡航費は年々、上昇傾向にあり、エコノミー利用でも3泊5日で60~70万円/人、ビジネスクラス利用ならほぼ倍の値段になる。

 旅行会社には大きなダメージかもしれないが、今回は149ドル(約1万5300円。1月4日以降は499ドル)のレジストレーションフィーをクレジットカードで支払えばエントリーが可能だ。軍事以外の民生技術に関連する企業に勤める人間なら誰でも、新幹線のぞみで東京・大阪の片道程度のわずかな投資でCESへの道が開かれることの意義は大きい。

 CES体験の門戸が拡大することで参加者の多様化(例えば日本、台湾、中国、韓国以外のアジア圏からの参加、企業の若手社員の参加)につながる可能性もあるだろう。

 これまで、ありがちだったCES初体験あるあるの「ペインポイント」(イライラやがっかり)は「見どころがわからず会場を右往左往」「英語が通じないので会場でうまくコミュニケーションが取れない」「渡航費が高く会社でチャンスが回ってこない(翌年は別の人が行く番に)」というものだったと思う。

 完全デジタル化でCESのハードルが下がり、誰もがリモートワークの延長でCES 2021を深く体験できることは大きなイノベーションに違いない。

完全デジタル開催の懸念点は「克服できる」

 ポジティブな面だけでなく、逆にネガティブな面もいろいろある。

 最大の懸念点は「時差拡大による昼夜逆転」だ。CES 2021の基調講演やカンファレンスは主催者CTAの本社(バージニア州)のある東部時間で設定されている(昨年まではラスベガス=太平洋標準時:PSTでマイナス17時間)。日本との時差はマイナス14時間となり、あちらの午前9時が日本では午後11時になってしまう。リアルタイムで参加しようとするとまさに昼夜逆転の生活になるのは、著者のように夜が早いタイプにはいささか辛い(もちろん翌日の録画視聴も可能だが、間違いなく気持ちが高揚しない)。

 またリアルでの展開がない分、「想像や期待を超えた驚きや発見が少なくなること」も大いに想定される。これまでのリアルなCESでは得られた奇特な体験、具体的には、定点観測的な視座から企業や国家の栄枯盛衰に気づくことや、熱気を帯びたブースから良い刺激を受けること、ヒトや未知のテクノロジーとの「セレンディピティ(思いがけない幸運な出会い)」なども得られにくくなるかもしれない。「完全デジタル開催は便利で低コストだったけど、予定調和的でエモーショナルな感動が少なかった」という読後感に陥らないようにしたいものである。