クリスマス直前の12月23日に、裁判所で強制退去審理

 シェリーナ対アーリーンの強制退去審理の日の前夜は、雪が降りはじめた。翌朝、目を覚ますと、町は雪に埋れていた。パーカーやニット帽姿の人々が歩道をそろそろと歩いている。バス停の屋根の下では、厚着をした子どもたちと母親が足を踏みならしながら身を寄せあっていた。

 町の大きな煙突からは、蒸気が綿雲のようにもうもうと淡い青空へとあがっている。クリスマスの飾りつけが町のそこここを彩り、黒人のキリスト降誕をかたどった雪だるまが空き地で微笑んでいた。

 シェリーナはミルウォーキー郡庁舎に車をとめた。ここは1931年に建てられたが、それよりずっと前からあるように見える。コリント様式の円柱はオークの木の幹よりも太くて長く、ぐるりと建物を囲むように屋根を高々と支えて、ダウンタウンを睥睨(へいげい)している。巨大な建物の、堂々とした石灰岩の正面の壁には、VOX POPULI VOX DEI という文字が活字体で彫られていた。“民の声は神の声”という意味のラテン語だ。

 アーリーンはくるだろうか、とシェリーナは思案した。借家人はたいてい姿を見せないが、シェリーナにはそのほうがありがたかった。それまでどれほど親切にしてあげても、強制退去の審理になれば、そんなことはいっさい考慮されないと、これまでの体験で身にしみていたからだ。

 法廷では、あらゆる好意が無になる。アーリーンには牛乳や食料品をあげた。業者に頼んで、入居者のいない部屋のガスコンロを彼女のところに運ばせたことだってある。だが、いざ調停人の前に立ったら、給湯器が壊れていることやクエンティンがまだ修理していない窓の穴のことをもちだすにきまっている。

 それでも、シェリーナはその日の朝、アーリーンに電話をかけて、きょうは審理があるから忘れないできてねと念を押した。そんな親切をしてやる必要はなかったが、アーリーンにはどこか憎めないところがあった。もちろん、調停人のことを考えると不安でならなかった。かれらは借家人に同情しがちで、細かいことをあげつらっては家主を非難する。

 これまで、書類の不備で申し立てを却下されたことが二回ある。そうなれば、また最初から強制退去の手続きをやりなおさなければならないし、また1カ月分の家賃をとりそこねる。反対に、彼女の思いどおりにことが進めば、10日後には保安官たちにきてもらい、借家人を強制的に退去させられる。