タパレス選手用意していた“秘策”

杉浦:正面に立ってガードを固めて相手の攻撃を防ぐ、構えを半身にして体重を後ろにかける、など複数のディフェンスを使い分けていました。それが、少し長い試合になった原因だと思います。

──試合後の記者会見で、井上選手自身もタパレス選手が後ろ重心で頭にパンチが届きにくかったと話していました。また、コーチの井上真吾氏も、インターバルでコーナーに戻ってきた井上選手に対して、慌てることなくこつこつと相手にダメージを積み重ねるよう言ったと語っていました。タパレス選手のディフェンスがここまで硬いということは、井上陣営の想定外だったということでしょうか。

杉浦:予想以上ものだったと思います。

 井上陣営も、今回の試合でタパレス選手がどのような出方をするのかは、わからなかったのだと思います。2023年7月25日に井上選手と闘ったスティーブン・フルトン選手は、典型的なアウトボクサーです。脚を使おうとしたものの、結局何もできませんでした。

 タパレス選手はそれを会場で観ていたので、フルトン選手と同じような闘い方はしないだろうと井上陣営は考えていたのでしょう。立ち上がりから、タパレス選手がガンガン打ち込んでくるということも想定していたと思います。なので、ディフェンス中心のタパレス選手の闘い方には、井上陣営も少し驚いたのではないでしょうか。

──タパレス選手は「フルトン戦を観て、井上選手に対して勝機を見出した」と試合前に語っていました。試合後の記者会見でもこの話題が出ましたが、タパレス選手は具体的にどのような勝利へのシナリオを導き出したのか、話すことはありませんでした。

杉浦:ボクサーは勝利を信じてリングに上がります。「勝てる」「秘策がある」「作戦がある」と皆さん仰いますが、実際にこれをやれば必ず勝てる、という確信はないのではないかと思います。

 ただ、タパレス選手がフルトン戦を観て、「やらなければいけないこと」を見出した可能性は十分にあります。

 試合前に、タパレス選手のトレーナーのエルネル・フォンタニラ氏にインタビューをしたのですが、井上選手に勝とうと思ったら、一つのことをやるだけでは駄目だと話していました。ジャブだけ、ストレートだけ、フックだけ打ってては勝ち目がないので、いくつかの引き出しを用意しておく必要があるという言い方をしていました。

 これをフルトン戦から学んだのかどうかはわかりませんが、タパレス陣営がいろいろなアイデアを用意していたのは確かです。今回のタパレス選手の闘い方は、それが見て取れるものでした。

ガードの上からフックを叩き込む井上選手(写真:井上尚弥)