連載:少子化ニッポンに必要な本物の「性」の知識

かつて監督から性的要求をされたジェームズ・ディーン。名声や成功と引き換えに相手の性的要求に応じたのか。支配と奉仕の二重構造はいつ、どこの世界にでもある(写真は1955年「理由なき反抗」、写真:Collection Christophel/アフロ)

 昨今、騒動となっている芸能事務所の元社長が、会見で涙ながらに次のように訴えていた。

「本当にご理解いただきたいこととしては、『そういうこと』があって今スターになっているわけではなく、1人ずつのタレントが本当に努力して、そしてそれぞれの地位を勝ち取っているので、そこだけは本当に失望していただきたくない」

 その隣で、新たに就任した元アイドルの社長は涼しげに話した。

「うわさとしては聞いていたが、私自身は被害を受けたことはない。受けている現場に立ち会ったことはない」

 同性愛者、もしくは両性愛者の中には、自分の恋愛指向について口をつぐんだままの人もいるだろう。

 ここで問題なのは「性的指向」ではない。

 密室の中で権力者が少年の耳元で、「これを我慢しないと売れないから」「従わなければ、ステージでの立ち位置が悪くなるよ」と囁き、名声や成功と引き換えに口腔性交、肛門性交といった性的要求に応じるよう、抗えないように追い込み強要することだ。

 この問題で世間がより大きな衝撃を受けたのは、権力者がゲイであり、また少年たち1000人以上に性的搾取をしたという前代未聞の事件だからであろう。

 ゲイとは性別の自認が男性であり、男性が男性に惹かれる同性愛者を指す。では、ゲイとホモとの違いは何か。

 ホモという言葉は英語でホモセクシュアルであり、その起源はギリシャ語の「同じ」という接頭辞「Homo」に英単語の「性」を意味する「Sexual」が合わさったものである。

 ホモセクシュアルとは同性愛者のことだが、男性が男性に、女性が女性に恋愛感情を持ち、性的にも惹かれる者を指し、ゲイだけでなくレズビアンも含まれる。

「ホモ」という名称は差別的・侮蔑的に使われてきた経緯があり、第三者から、「ホモ」と指摘されることに違和感を覚える当事者も多い。

 同性愛は「性的指向」であり、「性的嗜好」ではないが、「性的指向」と「性的嗜好」は意味が重なる用語である。

「性的指向」とは、人の恋愛や性愛がどういった対象に向かうのかを示す概念で、異性愛が「性的指向」であるのと同じように、同性愛や両性愛も「性的指向」である。

 異性愛(ヘテロセクシュアル)とは、恋愛や性愛の対象が異性に向かうこと。

 同性愛(ホモセクシュアル)とは、恋愛や性愛の対象が同性に向かうこと。

 両性愛(バイセクシュアル)とは、男性・女性の両方を恋愛・性愛の対象とし、バイと略されることもある。

 ヘテロセクシュアル、ホモセクシュアル、バイセクシュアルのいずれかの性別を恋愛・性愛の対象に向かうことを「性的指向」という。

「性的指向」は、その人自身が持っている内的要因である先天的性質とされる一方、育った環境によって同性に恋愛感情を育む外的な土壌もある。

 その中で同性の魅力的な人と偶発的に出会えば、異性愛の人が同性愛へと走る可能性があり、逆に同性愛者が異性愛感情を抱き得ないというわけではない、とする考え方もある。

 つまり、すべての人間は同性愛者になり得るわけで、先天的に異性か同性かといった、いかなる対象とも不可逆的に結びついているわけではなく、後天的にいかなる対象に結びつけられるかが、同性愛か異性愛を決定するであるというのだ。