終わりの見えないウクライナ戦争。プーチン大統領にとって誤算だったに違いない(写真:代表撮影/AP/アフロ)

 ウクライナ戦争が終わらない。ロシアによる侵攻が始まってから7カ月、最近ではウクライナ軍が戦線を押し返しつつあるが、停戦に至る気配はまだない。この戦争は長くなるのか──。そう感じていた時に、「積ん読」のままになっていたロシアの文豪、トルストイの『アンナ・カレーニナ』が目に止まった。

 舞台は帝政時代末期のロシア。日本ではちょうど明治維新が終わった頃である。何しろ長く、また登場人物が多岐にわたり難解と言われる作品だが、おおざっぱに言えば、エリート官僚カレーニンの美人妻アンナがイケメン貴族のヴロンスキーと不倫して最後は自殺する物語である。

 つまらなければ5秒で動画から離脱する時代、ある種の覚悟を決めて読み始めたが、これがどうして「こういう人、最近ニュースやワイドショーで見たよね」というキャラクターばかり。今の時代とかぶるところが多い。

 私はロシアの専門家でも文学研究者でもないので、「そこ違います!」というところもあるかもしれないが、ワイドショー好きの中年主婦の目線で切った2022年夏の読書感想文、もとい”超書評”をお送りする。

(若月 澪子:フリーライター)

※ネタバレを含みますのでご注意ください

これは秋篠宮家のワンシーンか

 まずは冒頭。『アンナ・カレーニナ』の主人公でもあるアンナとヴロンスキーが出会う前に、貴族の箱入り娘、キティという女性が登場する。このキティの両親が、彼女の婿候補を巡って夫婦喧嘩する場面は、思わず秋篠宮家かと思って笑ってしまった。

 キティはイケメン、ヴロンスキーにぞっこん。しかし、キティのパパはキティがイケメンになびくことに大反対で、真面目男のリョーヴィンを評価している。

「(中略)リョーヴィン君のほうが人間として千倍も優れている。そこへいくとあっち(ヴロンスキー:著者補足)のほうは、ただのペテルブルグのしゃれ者に過ぎん」(『アンナ・カレーニナ<1>』光文社古典新訳文庫 Kindle版、以下同)

 娘の父親というのは、基本イケメンが大っ嫌い。パパはイケメンのヴロンスキーを「しゃれ者」「お調子者」と呼び、婿候補として良く思っていない。それに対して、ママのほうはイケメン「推し」だ。

 これは結婚前の娘がいる「家庭あるある」で、古今東西、娘のママはチャラついた見栄えのいい彼氏を気に入りがちなのだ。ママは娘のフィアンセを、自分の新しい恋人と錯覚するからだろうか。

 たとえば眞子さんが小室圭さんを初めて実家に連れて行った時、紀子さまが小室さんをえらくお気に召したのに、秋篠宮はそこまで関心を示さなかったという話を週刊誌で読んだ(その後は例の一件で紀子さまも猛反対に回るが……)。

 物語ではヴロンスキーはアンナと恋に落ちてしまい、あっさりキティを捨てる。キティのパパの予想通りになるのだ。