しかし、考えても見れば、プライベートではみなやっていることではないか。家計のやりくりに長けた主婦・主夫の並々ならぬ努力と知恵の絞り方に、いま一度、思いを致すことが重要だろう。

自分はその処遇に相応しいのか

 いま世の中では合言葉のように「自分の市場価値を高めよ!」と言われている。しかし、その傍らで、与えられた福利厚生を何の疑問もなく、枠いっぱいに使おうとする幹部たちの姿を見ると、彼らの市場価値を疑いたくなってしまう。

 たかが福利厚生、されど福利厚生。一事が万事なのだ。自分がその処遇に相応しいのかを決めるべきは自分なのだ。自身の市場価値を考えるスタート点は、実はこんな身近なところの経済観念にあったりするのだ。

 随分昔、「お前も多少偉くなったのに自転車通勤か」と人の良い部長に軽く笑われた。いまの時代には誰もそんなことを言わないだろう。むしろ「健康的だな」と褒められる。時代は確実に変わっている。

 コロナ禍のいまこそ、根底で起きている“自分らしく生きる”という変化の潮流は大好きだし、大事にしたい。

 自分へのご褒美は自分で決めよう。私はいまこんな思いでいる。

 かつては、カネはあればあるほどよいと思っていたが、どうやらカネをたくさん稼いでいる人が必ずしも幸せになっていないことに気づいてしまったのだ。また、一時的に稼いでも、永遠には続かない人が多いものだ。人生経験を積んできて、宝くじで当たった人の破産ストーリーがいまはとてもよくわかるようになった。

 もちろん、明日の心配が減るぐらいには必死でがんばりたい。いまはしっかり粘って、世の中が好転してからは、自分にも許される最高クラスの贅沢を享受したいとも思う。そんな日を楽しみに、今日もまた重い荷物を背負って通勤“自転車”をこいでいる。