「こいつら、本気で震災と向き合ってる。真剣に背負おうとしている」

 夏の大会を目前に控えたミーティング。もう、斎藤に「負けてみろ」と鼓舞する理由はなくなっていた。「勝て」。それだけで十分だった。

「今年、最終的に甲子園に行くのは、お前たちしかいないんだぞ!」

 チームは有言実行を果たし、5年連続で夏の甲子園に出場した。優勝候補に挙げられながら2回戦で敗退した結果について、斎藤は「俺の責任」と、言い訳は一切しなかった。

 あれから8年が過ぎた。毎年、3月11日が近づくと、テレビや新聞などで「風化させない」と大々的な特集が組まれる。

『負けてみろ。』田口元義・著。斎藤智也の聖光学院就任から現在までを圧倒的な取材量で綴る(秀和システム)

 斎藤もこの時期になると、当時の報道特番の動画を選手たちに見せ、識者の著作物のコピーを渡すこともある。だが、それだけだという。今では、長いミーティングで震災を引き合いに出すことはほとんどない。

 東日本大震災から数年後、斎藤は胸の内をこのように漏らしたことがあった。

「正直、俺のなかで『震災』と『高校野球』って、それぞれの線が結びつくことはないから。『風化させない』って報道するのは素晴らしいことだよ。でも、実際に被災した方たちからすれば、『何年目』とか意味がないわけだよ。そう考えると、いまだに俺が震災のことを語るのは反則かなって思う」

 聖光学院が継承すべきは震災ではなく、その不測の事態と全力で向き合い、背負おうとした先輩たちの生き様である。

 今年も連覇を懸けた戦いが始まる。

 チームは斎藤たち指導者、先輩の歩みを背負う。「勝て」とは言われないかもしれない。だが、彼らもきっと、「負けてみろ」と心を揺さぶられるに違いない。

 それこそが、聖光学院がより成熟する、至上の言霊なのである。