料理を“数字”で表現した栄養学の母

変わるキッチン(第21回)~はかる(前篇)

2016.03.25(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 お菓子のレシピ集で、何度も版を重ね、すこぶる評判のいい本がある。小嶋ルミ著『おいしい!生地』(文化出版局、2004年)だ。私も人から薦められて買い、ページをめくってみて驚いた。

 とにかく記述が細かい。お菓子のレシピにありがちな曖昧な表現を避け、数字を多用している。たとえば、「バターを室温に戻す」は「20~23℃」と明記され、メレンゲづくりの「卵白を角が立つくらいまで泡立てる」はハンドミキサーで「10秒間に30回くらい」速く回すといったように書かれている。

 細かな指示にビビりながらも、まずは一品だけでもレシピどおりにつくってみることにした。が、材料を揃えるところでさっそくつまずいた。分量は、すべて1グラム単位。卵もMサイズ何個ではなく、当然のごとくグラム表示である。対して、私が持っているキッチンスケールには5グラム単位の目盛しかついていない・・・。

 なんとなく「このぐらいかな」とはかってつくってみたものの、これではレシピどおりとは胸を張れない。できあがったパウンドケーキはおいしかったが、まだこのレシピの真の実力のほどを実感できぬまま、いまに至っている。

 この本は極端な例かもしれないが、料理本全般の傾向としても、記述がどんどん詳しく丁寧になっている気がする。では、いったいいつ頃から、分量や時間や温度といった数字が詳細に記され、それに倣って「はかる」ことをしながら料理をするようになったのか。

 今回の「はかる」のテーマは、前後篇でお届けしたい。前篇では、調理の前段階、材料を「はかる」ところからみていこう。

江戸から明治へ、記述は丁寧に

 料理書をたどっていくと、明治時代になって西洋料理が入ってきたことが、レシピの書きかたにも大きな変化をもたらしたことがわかる。

 近代化以前の料理書は、現代の懇切丁寧なレシピに慣れた人間には、かなり素っ気なく感じられる。たとえば、1643(寛永20)年に刊行された『料理物語』(著者不明)から、「よもぎ汁」のつくりかたを見てみよう。

<みそにだしくわふ、よもぎをざくざくにきり、しほすこし入、もみあらひて入、又ゆがきてもよし、たうふなどもさいにきり入、正二三月によし>

 同書は日本で初めて出版された料理書であると同時に、具体的な料理法や食材について簡潔に記された画期的な1冊として知られている。

 たしかに、よもぎの切りかたを「ざくざく」と表現したり、下ごしらえにはもみ洗いとゆがくのと2種類を紹介しているあたり、手短でありながら、至極わかりやすい。だが、不思議と分量については触れられていないのである。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


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