9月7日午後の記者会見で白川方明日銀総裁が発したメッセージは、市場への影響を考慮せずに球威・スピードともに欠ける「ストレート」を投げ続けた感が漂った8月30日の臨時金融政策決定会合後の記者会見と比べると、少しではあるが、投球の内容に幅があった。総裁から次のような発言があった(共同通信などマスコミの報道から引用)。

「本日の会合では、先行きの経済・物価動向を注意深く点検した上で、必要と判断した場合には適時・適切に政策対応を行っていく方針をあらためて明確にした」

「政策を考える時にあらかじめ特定の手段を念頭に置いたり、逆に排除したりすることはない。常に様々な政策の選択肢を検討している。そうした選択肢のメリット・デメリットを点検し、比較考量した上で、最も適切な政策を採用していくのがわれわれの基本スタンスだ」

 しかし、この日の為替相場は円高の動きを徐々に強めた。最大の原因は、欧州の一部の銀行が国債保有額を過少申告していた可能性を報じた米紙ウォールストリート・ジャーナルの記事によって、欧州ストレステストの結果に対する懐疑的な見方が再燃したこと。このほか、アイルランドの銀行問題や、ドイツの7月分製造業受注が前月比▲2.2%という弱い数字になったことが、欧州ひいては世界経済全体についての市場の不安心理を強めることにつながった。

 市場が全般にリスク回避志向を強める中、株が売られ、国債が買われた。「質への逃避」の買いで、米10年債利回りは4日ぶりに低下し、2.59%に。為替市場では、ユーロの弱さが目立つ展開。米国株が下落してリスク回避志向が促される中で、パターン通り、逃避通貨として円とドルが買われたほか、スイスフランがユーロに対して急伸したことが目立っていた。ドル/円相場は一時83.51円まで円高ドル安に動いた(1995年6月以来の円高水準)。

 日銀についても追加緩和の可能性があることを念押しした日銀の公表文や白川総裁発言は、為替相場に対して、ほとんど効果を及ぼさなかった。むしろ、白川総裁が「グローバル化が進む中で、相応の相場変動を示すのも市場の現実だ。変動相場制以降の諸国の経験が示すように、当局が為替相場を自在にコントロールできるわけではないことも理解いただきたい」と述べたことが、マスコミの速報フラッシュでかなり短縮して伝えられ、円買い材料に使われる場面があった。

 

 今回の決定会合は現状維持で乗り切ったものの、日銀の前途は、実に多難である。為替市場では、円高圧力がしばらく続きそうな情勢。エコカー補助金が事実上終了する中で、鉱工業生産の減少は避けられず、景気下振れリスクがより一層警戒される時間帯に入ってくる。そして国内の政治情勢は、先行き不透明感が非常に強い。

 年度内に日銀が追加緩和に追い込まれる主なケースとしては、以下の3つが想定される。

(1)日本や米国の景気指標が大幅に悪化するケース(景気下振れリスクへの対応を「先取り」して行ったという位置付けの8月30日の追加緩和では足りないと判断されるほど、景気下振れがきつく、日銀が10月の次回展望レポートで、自らが掲げてきた景気回復シナリオの大幅下方修正を行わざるを得ないようなケース。白川総裁は米国経済の動向を心配しているようで、今回の会見で、「あえて言うと、夏場に悲観論が広がる前、つまり春先の状態に比べると、慎重なわれわれの見通し対比、少し弱い方向で考えた方がよいというのが、発表文にもある通り、われわれの判断だ」と述べていた)。

(2)円高ドル安が急激に進行するケース(特に、政府が円売りドル買い介入に踏み切り、日銀として、これに歩調を合わせて追加緩和に動くことが求められてくるケース)。

(3)日銀に対する政治サイドからの追加緩和圧力が急速に強まるケース(特に、9月14日の民主党代表選で小沢一郎前幹事長が勝利し、日銀の国債買い入れに関する「銀行券ルール」見直し問題が議論されるようなケース。小沢氏を支持している、経済政策に詳しい民主党の複数の議員から、「銀行券ルール」見直しに関する発言が出てきている)。

 仙谷由人官房長官は9月7日午後の記者会見で、近く初会合が開かれる予定の「新成長戦略実現会議」について、「成長戦略を核に経済政策を議論する。それに関係する金融政策もそこで議論していくテーマになるかもしれない」と述べていた。日銀としてはおそらく、そうした話がこの会議で出てくる場合には、成長基盤強化支援のための貸出制度の規模拡大(現在の残高上限は3兆円)によって対応しようとするのだろう。

 しかし、上記(1)~(3)のいずれか1つでも現実になる場合、別の追加緩和カードを日銀は切らざるを得なくなるのではないか。