5月22日のこのコラムで、コンピューターキーボードのタッチタイプのお話をしたところ、存外に好評でしたので、もう1つ『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』に書かなかった、音楽のトレーニングで日常生活の役に立つテクニックをご紹介しましょう。

 「速読」です。

 なおかつこれを、ネットワーク環境に応用しやすいよう、少し工夫したバージョンをご紹介したいと思います。そもそもは『絶対情報学』(講談社)に記した、昔、私が東京大学教養学部で「必修情報処理」を担当していた頃、タイピングと同様、学生たちに指導していた内容です。すべて音楽の身体技法が大本になっています。

漱石も知っていた? 速読テクニック

 速読を教えてくれたのは、私の母でした。大正生まれの母がマスターしていたくらいですから、速読は決して新しいテクニックではありません。

 また、母にこの技術を伝授して下さった方もはっきり分かっていて、これは父親と、指導教官だった西洋史の山中謙二教授です。

 山中さんは、明治世代の碩学の例に違わず「洋行」タイプの留学で知見を深めた方ですが、このジェネレーションの大きな「洋行仕事」の1つとして、膨大な量の書籍を購入してくるというミッションがありました。

 現在も東京大学文学部には「山中文庫」が残っていますが、数万冊に及ぶその蔵書、すべてに山中教授は一通り目を通しています。

 というか、書店などで目を通し、書籍購入のために割り振られた官費を使って、一定以上まとまった量と高い質を持った「文庫」全体を整え、購入し、現地でも一読、必要に応じて内容を確認調査などもし、船便でそれを日本に送り、その分量の内容相当の講義を大学の教壇で講じる。

 近代日本が「お雇い外国人」の次に「和製洋学知識人」を作り出そうとした、その初期から「速読」のテクニックは洋行学生必須の身体技法だったそうです。

 誰もが知る一例を挙げてみましょう。漱石こと夏目金之助は、旧制第五高等学校(現熊本大学)英語教師時代の1900年、まさにこのミッションを「英語研究」の分野で受け、2年間ほどロンドンに留学しています。