写真家の浅田政志さんが一貫して追求しているテーマは「家族」である。
2008年に発表した写真集『浅田家』(赤々舎)では、父、母、兄、自分の家族4人が消防士、戦隊ヒーロー、ラーメン屋店員などに扮した、風変わりな「家族写真」を多数収録。翌年の木村伊兵衛写真賞を受賞した。
その後、日本全国の津々浦々の家族を撮影する「みんな家族」プロジェクトを開始。今も継続中だ。
そして今年は、自身の体験を軸に、家族写真への思いを語った著書『家族写真は「」である。』(亜紀書房)を上梓。
様々な家族を見つめ続けている浅田さんに、家族写真の持つ意義や、大切さをうかがった。
始まりは年賀状の写真だった
──書名は何とお読みすればいいんですか?
浅田政志氏(以下、敬称略) 「家族写真はホニャララである」です。
──え、本当ですか?
浅田 本当です。家族写真とは何か、と考えたんですが、僕自身、まだ模索しているところなので、正解が見つかっていません。カッコの中には入る言葉は、「写真の基礎」でも、「撮っても撮られてもよし」でも、「不滅」でもいい。「人それぞれに答えがあるのが家族写真」という思いをタイトルに込めました。
──なるほど。さて本書でも触れられていますが、多くの人にとって、最初の家族写真との出合いは、親が撮影したものです。浅田さんのお父さんも熱心に家族写真を撮影される方だそうですね。
浅田 父は、兄と僕の成長の記録を撮影して、年賀状に使っていました。だから毎年、10月になると、必ず兄と僕を撮っていましたね。今では写真年賀状も当たり前になりましたが、僕が生まれた30年ほど前の三重県では、まだ珍しかったように思います。中学くらいから少しずつ照れくさくなったんですけど、恒例行事だと思って、つきあってました。僕が高校を卒業するまで続きました。