東大の豚肉博士が披露した生姜焼きレシピ

夏バテにはこれ! 大正時代からあったスタミナ料理

2013.07.19(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 <私は何でも旨ひものを喰べることが大好きでありますから豚の喰べ方にも年来大いに趣味を有つて居りまして本邦在来の豚料理は勿論琉球や支那の料理に就きましても随分研究を積み工風を凝らしたのであります>

 かなりの豚肉好きがうかがえる一文である。これはかなり期待が持てるのではないか。

 はたして、そのレシピを見ると、「生姜炒(しょうがいり)」というのがあった。

 <ロース肉を糸に切り生姜をも絲(ママ)に切ります、鍋にラードを溶かして肉と生姜を入れて炒り揚げ、醤油と味醂にて味を付けます、調理法は至つて単純であるがお茶漬などには最も適当なお菜になります。>

 肉を細切りにする点は現代と異なるが、これぞまさに生姜焼きである。

 生姜はかつては薬用として、江戸時代以降は食用として、身近にあるものだった。魚の臭みを取るために生姜醤油につけて焼くという調理法はかねて存在していた。この本の著者はそれに目をつけ、豚肉にも応用して食べやすくしようとしたのだろう。

 やはり生姜焼きは昭和26年に考案されたのではなく、大正時代にすでにあったのだ。

 田中はまた、1919(大正8)年にも『田中式豚肉料理』(玄文社出版部)という本を出版している。こちらでは、「附焼(つけやき)」という料理名だ。薄く切ったロース肉または並肉(脂肪が少ないもの)を、おろし生姜を絞り入れた醤油に浸し、金網のうえで両面焼くという調理法が紹介されている。先の「生姜炒」は「生姜煎」の名前で、やはり同じ作り方を掲載している。

 あとからこの田中宏という人物について調べてみたところ、東京帝国大学の教授で豚の解剖学の権威だと分かった。併せて先述の『田中式豚肉料理』は、豚肉を普及させた料理書として名高いことも判明した。

 豚の生姜焼きは、いわば豚肉博士による豚肉普及レシピの1つだったのである。

フライパンも登場、1930年代に普及段階へ

 では実際に豚肉博士によって考案された料理がいつ頃、一般に広まっていったのだろうか。さらに料理書を、年代を下りながら見ていくと、今と同じ「豚肉の生姜焼」の名でいくつか発見できた。

 その最も早い刊行時期のものは1932(昭和7)年刊行の『四季の家庭料理』(田中よね子著、婦人の友社)である。そこで紹介されているレシピを引用しよう。

 <豚肉は十五匁位の切身を一人前として人数だけ用意します。たつぷりつけられる程の醤油に生姜をすつて入れ、それに肉を浸けておきます。フライパンを火にかけ、そこへつけておいた豚の切身を入れて片面づつ少し焦目のつく位に焼きます。焦げつきさうになつたら生姜醤油を少し加へて焼けばおいしく出来上ります。>

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。