地方経済見聞録

人工呼吸器で未熟児の命を救う!
ベトナム人留学生が日本で目覚めた使命

2013.06.13(木)  橋本 久義

未熟児用の人工呼吸器の開発を任される

 それまでは医療機器メーカーで働いていても、いわば居候で、「将来ベトナムで創業する金持ちのお坊ちゃんを預かっている」という感じだったのだが、フックさんの才能を高く評価していた社長が「この際、じっくり日本に腰を落ち着けなさい」と正社員にしてくれた。

 正社員として新たな気持ちで働き始めたのはよかったのだが、やはりそこが人間心理の微妙なところ。他の社員にとってみると、今までは「いずれベトナムに帰るお坊ちゃん」だったのが、「同僚」になると、ちょっと話が違ってくる。年功序列の壁が厚くのしかかってくる。正社員としての年次がものをいう。何か提案しても「日本の事情を知らないんじゃないの!?」と、受け入れられない。フラストレーションが溜まってくる。

 見かねて社長が「じゃあ未熟児用の人工呼吸器をやってみるといい。研究したかったが、今までやれなかったから」と言ってくれた。酸素を高い圧力で強制的に肺に送る一般的な人工呼吸器だと気管が圧力で変形して膨らみ、未熟児の肺胞まで酸素を届けることができない。だから何らかの工夫が必要なのだが、未熟児の救命はリスクも高く、仮に成功しても出荷台数も見込めないため手がけるメーカーがいなかったのだ。

 社長から任された形になったので勇気百倍。医学部での研修、国内外で開かれる関連学会への出席、機器製作、実験・・・と休みなく研究に没頭した。

 「真実を知りたい、早く完成させたい。その思いが私を突き動かしていました。人生で一番勉強した時期でしたね」とフックさん。10カ月間休まずに病院に通い、病院内の掃除から、動物実験まで、あらゆる仕事も手伝いながら、徹底的に病院・患者のニーズを把握することに努めた。

 開発は成功し、会社の業績にも大きく貢献した。

空気を振動させて肺の細部にまで酸素を送る

 この医療機器メーカー、特に社長さんには大変お世話になったのだが、「もっと自由に研究がしたい」という思いが募り、フックさんは37歳の時に独立し、東京都文京区にメトランを設立した。1984年のことだ。

 フックさんにとって運が良かったのは、創業後間もなく、同社製の人工呼吸器が米国国立衛生研究所(NIH)が主催した未熟児用人工呼吸器の性能コンペに参加した世界の8社の中で最高評価を獲得し、NIHから84台の試作機を受注したことだろう。「この受注がなければ、倒産していたかもしれません」とフックさん。

 フックさんの機械が高い評価を得たのは、「HFO(H…

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