街の顔の1つ、パン屋。地元客が食パンやバゲットを買い求めていく。店頭には、定番の食パン、メロンパン、アンパン、タルトやデニッシュが並ぶ。

 そんな街なかの身近なパン屋に変化が起こりつつある。パンの消費量が伸び悩み、総数としてはパン屋の数が減っているのだ。厳しくなる状況の中、パン屋はどのようにして顧客の心を掴んでいくのだろうか。

 業界では多様化が進んでいる。手作りにこだわるパン屋もあるが、冷凍生地をメーカーから仕入れ店で焼いたり、既にパンを焼いた状態で仕入れたりする形態も出てきた。中でもブームなのが、店舗面積が小さな“コンパクト”なパン屋だ。そこでコンパクトなパン屋が脚光を浴びている背景を、日本のパン業界の歴史を見ながら探っていきたい。

日本にパン食が浸透したワケ

 年間の販売額が約1兆4000億円にもなるパン。コメ文化の日本に、パンがこれほど浸透したのはなぜか。

 日本に最初にパンが入ってきたのは1543年。鉄砲とともに種子島に伝えられたと言われている。その後、日本でパンが本格普及するのは明治期に入ってからだ。横浜で経営者ロバート・クラークが明治政府の援助の下、「ヨコハマ・ベーカリー」を開店した。店で作られたのは食パンの元祖と言われる「イギリス風型焼きパン」。当時、イギリスの支援を受けていた薩摩と長州のもと「山型食パン」と言われるイギリスパンが主流になったと言われる。

 明治期に「あんぱん」を生み出したのは「木村屋」だ。パンを食べる習慣のない日本人にどうしたらパンが受け入れられるか考え、餡を入れることを思いついた。あんぱんは飛ぶように売れ、一気にパンが広まったという。

 戦後では1965年、明治時代創業の「ドンク」が東京の港区に出店し、店舗内で焼きたてのフランスパンを出した。日本での本格的なフランスパンの登場だ。1970年には「アンデルセン」がオープン。消費者が自分でパンを選びレジに持っていくセルフサービスが導入された。

 その後、1980年代に入ると、店舗の内部にパンを生産する工房を持ってパンを販売する「リテールベーカリー」が数多く登場。天然酵母を使うなどこだわりの製法で消費者の支持を得てきた。