グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長の伝記の1つに、『大統領の陰謀』でウォーターゲート事件をスクープした著名ジャーナリストの一人、ボブ・ウッドワード氏が書いた『グリーンスパン』がある(日経ビジネス人文庫に所収)。住宅バブルの膨張・崩壊よりも前の2001年に出された少し古い本だが、いま読み返しても十分に読み応えのある内容である。筆者は先般、米国の金融政策運営が「アート」に近いことに関するリポートを作成した(1月26日作成「金融政策はアートである」参照)。ウッドワードの『グリーンスパン』から、関連するいくつかの印象深い部分を引用してみよう。

「グリーンスパンによれば、FRBは川に浮かぶ材木の上を歩いているようなものだ。バランスが崩れたと感じれば、少し動いて調節しようとする。その過程で逆にバランスを失うこともあるが、うまくいけば、もっと安定した場所に行きつける。失敗すれば転落する」

「軟着陸(ソフトランディング。景気をうまく減速させて安定軌道に乗せること)という概念は実証されていないし、経済理論の裏付けがあるわけでもないので、リスクがきわめて高いことを議長は認識していた。60階のビルから飛び下りて、両足で見事に着地してみせようというようなものだ」

 極めつけは、利上げ幅を0.5%ではなく0.25%にとどめるよう、グリーンスパン議長が連邦公開市場委員会(FOMC)の委員たちを説得しようとする、次の場面である。

「『わたしは経済予想の仕事を1948年から続けている。ウォール街での仕事も1948年から続けてきた。そして、是非とも聞いてもらいたいが、いま、わたしは胃に痛みを感じている』過去に何度も、自分の本能的な反応を大切にし、自分の本能が正しかったことを確認してきた」

「胃に痛みを感じるのは、身体が反応しているのであり、過去に何度も経験してきたことだ。そういうときは問題を深く理解している。頭のなかにある大量の知識と価値観とによって、口で説明できる以上に問題をとらえている。正しくないことを口にしようとしたとき、頭で問題をとらえる以前に、身体で問題を感じる。この感覚があるから、胃に痛みを感じるから、危険な発言や馬鹿げた発言によって新聞の一面に大きく取り上げられる失態をうまく避けてこられた。頭より先に身体が危険を感じることがあるのだ。道を歩いていて自動車が近づいてくると、頭で考えるより先に身体が危険を避けようとする」

 いかにも名ジャーナリストらしい読ませる文章なので、やや誇張されている面があるのかもしれないが、頭よりも先に身体が反応するというエピソードは印象的だ。グリーンスパン時代の金融政策運営は「アート」の性格が強かったことが、あらためて理解される。

 バーナンキFRB議長の再任(任期4年間)は、1月31日で1期目の任期が切れる3日前になってからようやく、上院本会議で可決された。賛成70票、反対30票。反対票数は過去最高で、与党である民主党からも11人が反対票を投じたという。住宅バブルの膨張と崩壊、「リーマン・ショック」に代表される金融危機を未然に防ぐことができなかったバーナンキ議長はいま、前任のグリーンスパン氏とともに、強い批判にさらされている。以前のリポートにも書いたことだが、反対30票が示す信認度合いの相対的な低さが、「アート」としての金融政策の舵取りに何らかの悪い影響を今後及ぼすことはないかと、筆者は少し心配している。

 そのバーナンキ議長は3日、FRB本部で2期目の就任宣誓式に臨んだ。そこで行ったスピーチでバーナンキ議長は、「物価安定下での繁栄をこの国が 取り戻す方向に導くことに確実に寄与するよう、われわれはなし得るすべてのことを行い続ける必要がある」と述べていた。構造不況に陥った米国経済に今後も しっかり対処しなければならないという、強い責任感を抱いているのだろう。