笑門来福。悩みを抱えていても、メゲそうなことがあっても、年の初めは「できることならば、この1年笑って過ごしたい」──と考えたくなるもの。初笑いに、たまには、寄席に足を運んでみるのもいいかもしれない。しかし、「いきなり寄席はハードルが高い」という人には、落語の本はどうだろうか。
『こっちへお入り』平 安寿子著、祥伝社、1,680円(税込)
主人公はベテランOLの吉田江利ちゃん。カルチャーセンターの女性向け落語教室に通う友人の発表会に付き合わされた場面から物語は始まる。素人落語ゆえに、やたらと早口になったり、表情が乏しかったりで、本職の落語家の高座とは大違い。一生懸命やっている友人に気を遣って笑いどころを探し、笑うどころか疲れきって心の中でカラクチ批評をつぶやき続ける。
しかし、発表会後の打ち上げで、下手さ加減にめげることもなく「次の発表会には何をやろう」「この演目をやってみたい」と楽しげに盛り上がっている姿を目の当たりにして、「私には、こんなに一生懸命、楽しそうにできることがあるだろうか」──と考え込んでしまう。それが、江利が落語に足を踏み入れるきっかけとなった。そして、気がつけば、江利自身も落語教室のメンバーとなり、どんどん、落語にのめり込んでいく。
この物語の魅力は、「リアル感」だ。主人公の江利は、才色兼備の理想のヒロインというわけではない。職場ではカリカリしてばかり、年下の恋人ができた友人をやっかみ、弟の嫁さんにムカつき、努力はするが、ほどほどのところで現実と折り合ってしまう中途半端な性格。そして、そんな自分を不甲斐なく思っている。
それは、まさに、落語に登場するお気楽な若旦那や、ダメ亭主の姿と重なる。しかし、若旦那やダメ亭主は、なんと、可愛らしく、愛すべき人たちなのだろう。完璧な人間なんて、そうそういるものではないけれど、みんな、一所懸命頑張っている。物語の中盤、カルチャーセンターの講師の「落語は本来、人生讃歌なのです」という言葉が胸に響く。自分を肯定することで、ドラマチックではないけれど、少しずつ変わっていく江利の姿が心地よい一冊だ。
『しゃべれどもしゃべれども』佐藤 多佳子著、新潮文庫、620円(税込)
素人が落語を学ぶ『こっちへお入り』に対して、『しゃべれどもしゃべれども』は、本職の噺家が、素人に落語を教える話だ。本職と言っても、真打ちになる前の「二ツ目」で、芸の壁にぶち当たり苦戦中の主人公。しかし、「人に教える」ことを通じて、人と向き合い、自分と向き合い、落語と向き合い、少しずつ、進むべき道を見つけ出していく。
マシンガントークのようにテンポの良い文章が楽しい「こっちへお入り」に対して、「しゃべれどもしゃべれども」は、下町の路地をゆったりとした風が抜けていくような、穏やかで優しい文章。
タイプは違うが、どちらも、新しい年に相応しく、ちょっと前向きで、元気な気分にしてくれる。どうか、今年一年、笑って過ごせますように。
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