冷やし中華はやっぱり「日本料理」だった

蒸し暑さとおいしい水が生んだ風土料理

2011.08.12(Fri) 澁川 祐子
筆者プロフィール&コラム概要

 冷たい麺料理は、麺の「のどごし」が命だ。ツルツルとしたのどごしのよい食感を生むためには、茹であがった麺を水で素早く締めなければいけない。だが、水の悪い中国では、水を使った調理法は敬遠される。上海や四川などでは冷麺(リャンメェン)や涼拌麺(リャンパンメェン)といった、具とタレを混ぜて食べる麺料理があるが、麺は団扇であおいで冷ます程度だ。日本のキンと冷えた麺料理と比べると、明らかにぬるい。

 一方、きれいな水がどこでも手に入る日本では、冷麦やざるそばなど、昔から冷たい麺料理が食されてきた。中華そばも他の麺と同じように冷やしてみればいいのではないか。組合員たちがそう発想したのも、美味しい水に恵まれた日本の風土があってこそだった。

 組合員たちの試行錯誤のすえ、冷やし中華の原型となるメニューが完成する。

開発当時の冷やし中華。涼拌麺と呼ばれていた(画像提供:宮城県中華料理生活衛生同業組合)

 水洗いした麺がすぐ固まってしまうのを防ぐため、麺には植物油をまぶす工夫をほどこした。具は、茹でたキャベツ、塩もみしたキュウリ、細切りのニンジン、トマト、チャーシュー。鶏ガラスープをベースに醤油、酢を加え、さっぱりとした味に仕上げたタレを麺と具の上からたっぷりかけた。

 こうして出来上がった冷たい中華麺の料理は、「涼拌麺」として発売された。四倉は「昭和12年、全国の業界に先駆けて涼伴麺を開発し・・・」との記録を残している。当時、ラーメン1杯が10銭ほど。「涼拌麺」は25銭と高価だったにもかかわらず、もの珍らしさも手伝って人気を呼び、市内の中華料理屋に広まっていった。

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 「涼伴麺」が「冷やし中華」として全国に広まるのは、誕生から20年以上経った戦後のことだ。

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1974年、神奈川県生まれ。東京都立大学人文学部を卒業後、フリーのライターとして食や工芸・デザインを中心に、読むこと、食べること、暮らすことをテーマとしたインタビューやルポ、書評を執筆。『森正洋の言葉。デザインの言葉。』(ナガオカケンメイ監修、美術出版社)、『最高に美しいうつわ』(SML監修、エクスナレッジ)の取材構成ほか、近著に当連載をまとめた『ニッポン定番メニュー事始め』(彩流社)がある。


食の源流探訪

日本人が日常茶飯としている定番食。あまたある食べものの中で、
なぜそれが定番になり得たのか。どのように日本化されていったのか。
「新・日本食」の源流からの流れを、歴史をひもときながら考察する。