企業の目的は顧客の創造である

柳井 ドラッカーは企業経営の本質というものを、こんな言葉で表現しています。「企業の目的として有効な定義は1つしかない。すなわち、顧客の創造である」。

 ビジネスをやるというのは、結局そういうことですよね。お客様がいない限り、ビジネスは成立しない、という当たり前のこと。

 近頃、会社は誰のものかということが論じられ、株主のものとか、社員のものとかよく言われるんですが、「お客様のもの」ですよね。お客様に奉仕する集団が会社であり、それをいかにうまく経営して収益を上げるかという競争をしている。ドラッカーはそういう、会社というものの本質を見抜いたんじゃないですか。

岩倉 あぁ、そうかもしれません。

柳井 でもほとんどの場合、表面的なことにばかりとらわれていて、会社は何のためにあって、そこで仕事をする人は何をしないといけないのかを掴(つか)まずに仕事をしている人や、会社自体が存在する。

 僕はたぶん、本田さんは「大衆の心」を知っていたと思うんです。創業経営者は皆そうだと思うんですが、大衆の心を知らないと事業はできないですよね。だから僕の中で本田さんは、典型的な日本の社長というイメージがあるんです。

岩倉 ホンダの社員も代々「ずっと偉大なる中小企業でいよう」と言い合っていますしね。

 先ほど本田さんを「中小企業のおやじ」と言われましたが、そうやって皆の顔が見える、それこそ風邪をひいているだとか、どういうことを考えてるのかといったことが分かる範囲で夢をつくっていく。そんな感じのマネジメントで、お客様の気持ちをどうすれば具体的なものに落とし込めるかを毎日考える姿勢がすごかったですね。

 ドラッカーも「考える」ということの大切さを繰り返し述べていますが、僕は本田さんから、とことん考えて考えて、考え抜くことの必要性を教わりました。そしてこの考え抜く姿勢は、やがて会社の中でシステム化され、我々はそれを「缶詰」「山ごもり」「カミナリ」と呼んでいました。

柳井 ほぉ。何ですか、それは。

岩倉「缶詰」は1グループ約10人が部屋に閉じ込められ、普段の仕事や外界の情報から完全に遮断(しゃだん)されます。よいアイデアが出てくるまで出してもらえず、家に帰ることも許されない。その空間でとことん考え抜く。最長で1か月に及んだこともありましたよ。

「山ごもり」は温泉に行ってこいと言われ、喜び勇んで出掛けると、その安宿にあるのは紙と鉛筆だけ(笑)。仕事に必要なものが何でも揃(そろ)っている研究所を離れ、立ち位置を変えることで、新たな考えを生み出そうという試みです。

 最後の「カミナリ」は、目標を引き上げて頭を切り替えさせる方法ですが、私たちの頃は本田さんそのものでした(笑)。本田さんが毎日怒るのを「カミナリ、カミナリ」と我々は言ってたんですが、怖いから皆逃げるわけです。

 ただ、なぜ怖いのかと考えてみると、カミナリが上にあるからなんですよね。ジャンボ機でそのカミナリより上に行けば、怖くも何ともない。

 結局、本田さんが怒るのは、経営者として考えているからなんです。こうしなきゃお客様は喜ばないという発想だから、考え方が哲学的になる。一方、こちらはデザイナーとしての視点だけで考えている。つまり「シンキングレベル」が違うわけです。

だから自分のシンキングレベルを上げるしかないんだと。カミナリの怖さを克服するために、体を逃がさず、心で勝っていこうと考えたんです。そうやって本田さんになったつもりで、本田さんと同じ視点で考えると、急に怖くなくなったという経験がありますね。

 そう考えてみると、僕がすごいなと思った仲間たちは、その時は年が若くて、立場も低いんですけど、常に経営者的視点を持って物事を考え、後に社長になったり、役員になったりしていましたね。

写真=上野隆文

岩倉 信弥(いわくら・しんや)

昭和14年和歌山県生まれ。多摩美術大学卒業後、本田技研工業入社。大ヒット車シビックやアコードのデザインをはじめ、日本カーオブザイヤー大賞、日本発明協会通産大臣賞、グッドデザイン大賞、イタリアピアモンテデザイン大賞など受賞歴多数。その他の代表作にアコード、オデッセイなど。デザイン室の技術統括、本田技術研究所専務、本田技研工業常務などを歴任。平成11年同社退職後、多摩美術大学教授就任。16年立命館大学経営学博士。22年より多摩美術大学名誉教授。

写真提供:共同通信社

柳井 正(やない・ただし)

昭和24年山口県生まれ。早稲田大学卒。46年早稲田大学卒業後、ジャスコ入社。47年ジャスコ退社後、父親の経営する小郡商事に入社。59年カジュアルウエアの小売店「ユニクロ」第1号店を出店。同年社長就任。平成3年ファーストリテイリングに社名変更。11年東証1部上場。14年代表取締役会長兼最高経営責任者に就任。いったん社長を退くも17年再び社長復帰。

<連載ラインアップ>
第1回 「世界」を常に意識した本田宗一郎が、部下に繰り返し投げかけた質問とは?
第2回 ユニクロ柳井正氏は、なぜドラッカーを読んでもピンと来なかったのか?
■第3回 「企業は誰のものか」の答えとは? 会社の本質を見抜いたドラッカーの名言(本稿)
■第4回 がむしゃらに働くと、なぜ仕事は面白くなるのか?(10月9日公開)
■第5回 ユニクロ柳井正氏が捉えた、本田宗一郎とドラッカーの共通点とは? (10月18日公開)

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