ビジネス書の名著・古典は多数存在するが、あなたは何冊読んだことがあるだろうか。本連載では、ビジネス書の目利きである荒木博行氏が、名著の「ツボ」を毎回イラストを交え紹介する。

 連載第13回は、早稲田大学大学院経営管理研究科の入山章栄教授が、世界の主要な30の経営理論を解説した『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社)を取り上げる。

経営学なんて、しょせんは後追いに過ぎない?

『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社)

 もう20年くらい前のことだが、経営学に関わる研修の営業をやっていたことがある。その営業相手に、とても手強い経営者がいたことを思い出す。その経営者は、研修を毛嫌いしていた。自分自身が現場での格闘を通じて成長してきたからだった。研修を営業する相手としては、最も難易度が高いタイプだった。

 その経営者が語っていたことをいまだに思い出す。

「荒木さん、経営というものは、日々刻々と変わるものです。そこに誰かが教えられる理論とか法則なんてありません。実践を通じて日々自分で体得するのみです。経営学なんて、しょせんは後追いに過ぎません。

 これだけ変化している環境を見てください。昨年語っていたことは、今年にはすでに古くなっています。それだけのスピード感で現場は変わっているんです。だから、私は誰かが研修で教えるような理論とか理屈とかは意味がないと思っているんです」

 若き日の私は、このように語る経営者を前にして、とっさに言うべき言葉をなくしてしまった。「その通りかもしれない」と思ってしまったのだ。

 この経営者が語ることは、本屋のビジネス書のコーナーに行ってみればよく分かる。そこには、毎日のように新たな書籍が並び、そして「これが最新の理論だ」「今の時代はこれが大事だ」と訴えかけてくる。

 確かにどれも魅力的で説得力があるように見えるが、翌月に本屋に行けば、もうその棚には違う本が「あの本はもう古い。今はこの本だ!」と言わんばかりのメッセージで並んでいる。

 そんなにすぐに賞味期限が切れてしまう理論を真剣に学ぶ意味があるのだろうか? そもそもそんなものを「理論」などと呼んでしまって良いのだろうか? そんなすぐに陳腐化するような「理論もどき」よりは、目の前の現実から学びを得ることの方が重要なのではないか?

 そんな疑問を自分も心の奥底で抱いていたからこそ、その経営者が言わんとすることはよく分かった。もちろん、営業として語るべきことは語ったものの、私の言葉が彼の心に刺さることはなく、敗北感だけが残った。だから、20年経った今でも、あの時の経営者の語りは記憶にあり続けているのだ。

 しかし、今ならば、あの時の経営者とまともな対話ができるはずだ。その対話では、まず『世界標準の経営理論』(入山章栄著、ダイヤモンド社)の序章「経営理論とは何か」をベースに話すことになるだろう。この序章は、あの経営者の疑問にダイレクトに答えているからだ。

 ではその序章の内容を簡単に説明しよう。