写真中央が糸川英夫博士
写真提供:共同通信社

「ものづくり大国」として生産方式に磨きをかけてきた結果、日本が苦手になってしまった「価値の創造」をどう強化していけばよいのか。本連載では、『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』の著者であり、故・糸川英夫博士から直に10年以上学んだ田中猪夫氏が、価値創造の仕組みと実践法について余すところなく解説する。

 第4回では、保存型組織でイノベーションを起こすための創造型組織「アドホックチーム」の特徴とつくり方を紹介する。

連載
日本の強みを取り戻す「価値創造」実践講義

日本が苦手になってしまった「価値の創造」をどう強化するか。『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』の著者であり、故・糸川英夫博士から直に10年以上学んだ田中猪夫氏が、価値創造の仕組みと実践法について余すところなく解説します。

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ランチタイム限定のアドホックチーム

 糸川博士は組織を使命によって、保存型組織(完全に保存を使命とするもの)、創造型組織(新しいものを創り出す創造を使命とする)の2つに分類した。特にピラミッド組織である保存型組織は、政府、民間に取り入れられ現在に至っている。

「日本人は握り拳みたいだ。勝ち戦の時はその強打はものすごいパンチとなるが、敗け戦となると全く柔軟性を失う」

 これは保存型組織だった旧日本軍を評したマッカーサーの発言だ。当時の日本軍の内部では、自分だけが知っている情報を握ってそれを小出しにして威張ってみたり、直属の上司を飛び越して他の部署に情報を出したりすると、ひどく腹を立てる人がいたという。つまり、保存型組織である日本軍は、取るべき手順を踏まえない「情報のショートサーキット」を極端に嫌っていたのだ。

 まさか、21世紀のITインフラが完備された組織でこのようなことはないと思いたいところだが、顧客起点になりにくい保存型組織にはありがちなことで、業績が悪化する背景にはいつの時代もこれらの問題が隠されている。

 糸川博士は保存型組織を否定しない。従来の保存型組織でイノベーションを起こしたければ、そこにアドホックチームという創造型組織をプラスすればいいと考えた。アドホック(ad hoc)とは、ケースバイケース、その場限りの、臨時編成を意味する。ランチタイムに同じテーブルに集まった者同士が、食事時間中の30分に限ってミーティングをやるのもアドホックチームだ。『続々逆転の発想』(糸川英夫著、プレジデント社)には次のような例が紹介されている。

 ランド研究所(米国のシンクタンク)では、ランチタイムにこんなテーマで話したい人は何番テーブルに座れという回覧が午前中にくる。あるとき糸川博士が参加したテーブルのテーマは、“人類が金星の大気をいかに利用したらいいか”というものだった。

 そのテーブルには経済の専門家、法律の専門家や数学者などが集まった。金星の大気はどっしりして重く、地球の空気と水の中間ぐらいだということから議論ははじまった。ある人から、将来金星への着陸船をつくるときには、それがエアークッションになるので逆噴射ロケットを使う必要がないというメリットが発言された。

 数学の専門家が簡単に計算してみると、直径10センチくらいのパラシュートをつければ、エアークッションだけで着陸できそうだということがわかった。ランチが終わりに近づいたところで、同じことを地球に使えないかという発言があった。

 それまでの月へ行くプランでは、地球へ帰るための燃料を詰め込み、それをはるかかなたの月までもっていってまたもち帰り、地球に戻ってくるとき逆噴射ロケットでスピードを殺す計画だったが、エアークッションで地球に戻ってくる方式に変更になった。