日戸興史事務所 代表、元オムロン 取締役専務執行役員 CFO 兼 グローバル戦略本部長の日戸興史氏(撮影:今祥雄)

 日経平均株価がバブル崩壊後の高値を更新するなど堅調な日本の株式市場だが、日本企業の真の競争力向上はここからが正念場と言われる。オムロングループでCFOなどを務め、同社の競争力回復の立役者と言われた日戸興史氏は、「今こそ日本企業には、戦略分野に集中する事業ポートフォリオ再編が必要だ」と語る。その際に重要な事業部門の意識変革と経営者のリーダーシップについて日戸氏に話を聞いた。

本稿は「Japan Innovation Review」が過去に掲載した人気記事の再配信です。(初出:2024年3月6日)※内容は掲載当時のもの

企業がイノベーションを起こす必要性はますます高まっている

——国内の株式市場がバブル崩壊後の最高値を付けています。東京証券取引所からの指摘などを受け、日本企業の企業価値が向上しつつあるという指摘もありますが、実態はどうなのでしょうか。

日戸 興史/日戸興史事務所 代表、元オムロン 取締役専務執行役員 CFO 兼 グローバル戦略本部長

1983年立石電機(現オムロン)入社。技術部門でエンジニア、技術企画を担当。1996年から2000年に米国シリコンバレー駐在。2006年オムロンヘルスケア経営戦略部経営統括部長、2011年オムロン グローバルマネジメント本部長。2014年取締役執行役員常務、2017年CFO就任。2023年3月同社退社。同6月 取締役退任。

日戸興史氏(以下敬称略) 確かに、全体として企業価値向上への意識は高まってきていると思います。東証が指摘するのは主に資本効率の改善ですが、それが企業価値向上のための一丁目一番地であることに異論はありません。

 しかし、それだけで十分とは言えません。米国などの企業と比べて日本企業の競争力が低い原因は、「稼ぐ力」、つまり本当の意味での事業の競争力が足りないことにあります。株式市場は、資本効率向上がきっかけとなって日本企業の競争力が向上することに期待しているのです。つまり期待が剥落すれば、すぐに売られるリスクがあります。

 特に、私が問題だと思っているのは、日本企業は、環境変化に応じた事業ポートフォリオの組み替えが不得意だということです。事業の組み替えは困難を伴うため、短期的には業績が低迷する可能性があります。企業は投資家を説得し、中長期の成長戦略を示すことで、投資を継続してもらわなければなりません。

 逆に言えば、これからは、企業のほうから中長期の戦略を理解してくれる投資家を選んでいくことも重要になります。こうした取り組みは、まだ緒に就いたばかりだと思います。

——日戸さんは、投資家の資金の多くは国民の年金から出ていると指摘されています。それは何を意味するのでしょうか。

日戸 もちろん、機関投資家にはいろいろなタイプがありますが、共通なのは「受託責任」を持っているということです。そして、日本だけでなく、今世界の機関投資家の中で、年金や大学の基金が占める割合が増えています。年金であれば生活者を支えるお金であり、大学研究の資金は将来のイノベーションの原資になっていきます。企業が投資を受ける場合、社会の将来を支える大切な資金を預かって事業を運営しているという自覚を持つべきです。

 ですから企業には、投資家の受託責任に応えるため、まずは自社に投資することでイノベーションを起こし、よりよい社会の実現を目指すことが求められます。そしてそのうえで、もし自社で使わないお金が出てくれば、それを社内に貯めるのではなく、適切なキャッシュを維持しながら社会に還元してお金を回していくようにデザインしなければいけないと思います。