「ものづくり大国」として生産方式に磨きをかけてきた結果、日本が苦手になってしまった「価値の創造」をどう強化していけばよいのか。本連載では、『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』の著者であり、故・糸川英夫博士から直に10年以上学んだ田中猪夫氏が、価値創造の仕組みと実践法について余すところなく解説する。
第3回では、当時、中島飛行機の設計者だった糸川博士が編み出した劇的な成果を上げるための思考法「使命分析」について掘り下げる。
航空機開発を受注するために生まれた「使命分析」
糸川博士の価値創造システム(創造性組織工学)には、使命を明らかにする使命分析というフェーズがある。これが生まれた背景には、戦前の航空機が、B2Bビジネスとして軍から企業へと発注されていたことにある。1937年に正式発令された十二式艦上戦闘機計画要求書の主な項目は以下の通りだ。
・最大速度・・・時速500キロ以上
・上昇力・・・3000メートルまで3.5分以内
・航続距離・・・巡航速度、燃料タンク付きで6時間以上
・空戦性能・・・九六式2号艦戦に劣らぬこと
・武装・・・20ミリ×2、7.7ミリ×2
この要求書は三菱重工業と中島飛行機に交付され、要求を満たしたのが零式艦上戦闘機、いわゆる零戦だった。『零戦のマネジメント』(高仲顕著、日刊工業新聞)によると、この要求書は次の要求項目を踏まえた上で作成されたものだという。
・戦術戦略等用兵上の観点よりの要求内容
・予算生産能力等の与件を考慮した要求項目
・技術、特に仮想敵国や諸外国と対比した上での戦術戦技の動向を加味した要求項目
・第一線部隊の戦訓や実用上の経験にもとづく要求項目
これらは、企業の新製品開発の場合に、各部門からの要求を総合勘案して行うのと大差ないと高仲氏は言う。ちなみに、当時、高仲氏は立川飛行機の設計課で零戦の修理、整備に従事していた。
この要求書は提案依頼書(RFP)に近い。当時の陸海軍は要求をまとめ外注先に交付した。当時、外注先の三菱重工業と中島飛行機はコンペティター(競争相手)だったため、両社は自社の飛行機が採用されるように競う。だが、単に要求書の条件を満たすだけでは商談に勝てない。そこで生まれたのが、さらに仕事や製品の「使命」まで掘り下げる「使命分析」という考え方だ。
糸川博士の設計した九七式、隼(はやぶさ)、鍾馗(しょうき)などの戦闘機は全て、軍からの要求を満たしているだけでなく、「使命分析」が行われている。拙著『国産ロケットの父 糸川英夫のイノベーション』(日経BP)には、九七式戦闘機やバイオリン製作を題材にして使命分析のプロセスを詳しく解説しているが、ここではもう少し身近な例で説明してみよう。