きっかけは2009年度の大赤字、サイロ化の反省から構造改革は始まった

――日立製作所の構造改革はどのように始まったのでしょうか。

ハジャティ 大きなきっかけは、2009年度に大きな赤字を出したことでした。その赤字によって「事業の個別最適化がサイロ化を生み、全体としてうまく働かなくなった」状況が明らかになったのです。

 そこで前会長の中西(宏明)とその前の会長の川村(隆)が、これからは個別最適ではなく、プロダクトとOTとITを掛け合わせて、社会の課題を解決していく社会イノペーション事業が重要であるという方針を打ち出しました。コネクティブインダストリーズというセクター構想の大元はここから始まっており、現在のCEOの小島(啓二)が就任して、今のセクター長の青木(優和)を中心に具体的な構築を実践していきました。

出典:「第13回 CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)第2期」資料より
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 実は、最初は「大丈夫かな?」というような気持ちが少しありました。外から見たら半導体製造装置とエレベーターは全く違うプロダクトですから、両者を合わせることでどのようなダイナミクスが生まれるか想像がつかなかったのです。

 しかし、実際に統合して、セクター長のもとにそれぞれのプロダクトの責任者が集まり議論を始めた直後から、各責任者が持つ悩みや課題に共通点が多いことと、それぞれのカルチャーが近いことが分かりました。

 これまで多くのプロダクトで、お客さまに気に入っていただき、お客さまの側で新たな課題が見つかったら、「じゃあ、今度も日立に頼もうか」とリピート発注をしていただいていました。つまり、プロダクトは違えども、お客さまの課題解決に役立つという事業のスタイルが似ていたから、当初からベストプラクティスを共有できたり、互いに参考になる点が多かったのです。

M&Aによって課題解決の引き出しを増やす

――コネクティブインダストリーズセクターの活動は積極的なM&Aも特長です。これにはどのような意味があるのでしょうか。

ハジャティ お客さまによって課題は異なります。それぞれの課題解決のためには、いろいろな引き出しを日立側で持つ必要があるのです。もちろん、引き出しの多い会社は他にもあると思いますが、100年の蓄積の中で培われた引き出しの多さは、私たちは突出していると自負しています。

出典:「第3回 CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)第3期」資料より
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 そして、その引き出しを、どんどん増やすための手法としてM&Aを重ねています。私自身もこうしたM&A業務に深く関与し、米サルエアー(現Hitachi Global Air Power)、JRオートメーションの買収を担当しました。2017年に北米の空気圧縮機事業のサルエアー(本社:米国イリノイ州、北米で空気圧縮機事業を展開)を、2019年にはロボティクスSI事業のJRオートメーション(本社:米国ミシガン州、北米でロボティクスSI事業を展開)を買収しています。

 日本と関係の薄い海外企業に、日本企業である日立のソリューションを提供するのはなかなか難しいものですが、海外企業の買収は、他国における顧客基盤の開拓には大変役に立ちます。日立単独だったらアプローチできなかったお客さまでも、サルエアーやJRオートメーションを通じてトータルシームレスソリューションを提供できるようになったのは買収による大きなメリットといえます。

出典:「第13回 CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)第2期」資料より
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M&A実行後も責任を持ち続ける

――M&Aにおいてハジャティさんはどのような役割を担っているのでしょうか。

ハジャティ 案件の進行状況によって役割は変わります。

 対象会社を探しているプレディールの段階では、事業部門や経営層に対して、M&A一般についての説明やアドバイスを行うアドバイザーとしての側面が強いと思います。

 実際に対象会社を決めてアプローチしたり交渉が始まるインディールの段階では、M&Aや出資の対象となる会社や事業を詳細に調査するDD(デューデリジェンス)遂行のアレンジや、交渉戦略の策定、実際の価格、契約交渉を主に担当します。

 また、売り手と契約合意し案件発表をするポストディールの段階では「買収前に企業統合への阻害要因があるか」「統合後にそれが問題にならないよう組織統合マネジメントを進める」PMI(Post Merger Integration)に向けた活動が本格化します。ここでは事業部門や管理部門のワーキングチームの役割が大きく、主な仕事はPMIへのスムーズな橋渡しになります。

――M&Aを成功させるために担当者が心掛けるべきことは何でしょうか。

ハジャティ M&Aの担当者は、もちろんM&Aの専門家でなければなりませんが、経営者の代わりになったり、その相談相手にもなるので、そうした目線で業務に取り組む必要も出てきます。

 特にプロジェクトのリーダーは常にM&Aの目的を確認し、チームに説明していくことも求められます。目的を確認し直すことで、時には「やらない」という判断になる場合も出てきます。

 案件遂行にあたっては、社内外の必要なリソースを活用するのも実務担当者の重要な仕事です。特に価値評価、価格、契約交渉では適切なアドバイザーの活用は必須となります。

 そして、M&A実行後も、担当案件に責任を持ち続ける意識が大切です。「会社を買う」というのは買う側にとっても買われる側にとっても非常に大きな出来事です。買った後にいろいろなことが起った場合も、常に責任を持ち続けるという態度が必要だと考えています。