企業変革を進める際に必ずと言っていいほど直面するのが「組織カルチャーの壁」だ。DX推進のためにデザイナーを採用した三井住友銀行(以下、SMBC)は、「デザイン」という新しい文化を組織に浸透させる過程で多くの困難に直面したという。SMBCはその困難をどう乗り越え、デザインの力による変革を進めていったのか。『銀行とデザイン デザインを企業文化に浸透させるために』の著者でありSMBCのインハウスデザイナーとしてUI(User Interface)/UX(User eXperience)デザインを担当するリテールIT戦略部 堀祐子氏と、デザインチームを統括するリテールIT戦略部長 中村裕信氏に話を聞いた。
初めに問われたのは「インハウスデザイナーの存在意義」
――2016年、SMBCはデザイナーの採用に乗り出しましたが、そこにはどのような背景があったのでしょうか。
中村裕信氏(以下敬称略) 多様化するお客様のニーズに応えるために、アプリやWebサイト上で新たなサービスを提供することの必要性を感じていました。そのためには「お客様視点で物事を考えられるデザイナーの存在」が必要不可欠だと感じ、インハウスデザイナーの採用を始めたのです。
言い換えると、組織や商品起点の「プロダクトアウト」ではなく、お客様一人ひとりに寄り添ったサービスを提供する「カスタマーイン」の発想に立って、お客様目線でメッセージを伝えることが求められていました。
一見すると、デザイナーと銀行は相性が悪そうに見えるかもしれません。しかし、物事を理詰めで1つ1つ丁寧に、最後まで突き詰める点は同じです。こうした互いの特性を理解することで相乗効果を生み、新たな価値をつくり出せると考えていました。
――堀さんは2017年にSMBCに入行されました。銀行のインハウスデザイナーとなって、苦労した点はありましたか。
堀祐子氏(以下敬称略) 2016年に1人目のインハウスデザイナーが入行した際には、デザイナーの制作環境として必須ともいえるMacのパソコンやデザイン制作ツールが無く、WindowsのPowerPointを使ってデザインをしていた、と聞いています。そこで、デザイナーに適した環境づくりを進めるために、Macやデザイナー向けの制作ツールの導入を上司に相談しながら整えていったそうです。
プロジェクトに参加する前段階でも苦労がありました。UI/UXに携わるデザイナーは本来、企画の段階からプロジェクトに入り、お客様起点でサービスづくりに取り組むことが理想です。しかし、当初はインハウスデザイナーである私たちの価値や役割が行内では認知されていなかったため、本来は出席すべき会議に呼ばれないことも多々あったのです。
その背景にあったのは、「デザインがある程度決まってから、外部パートナー企業のデザイナーに制作を依頼する」という慣習でした。外部パートナー企業のデザイナーとインハウスデザイナーの違いを打ち出せずにいる中で、「自分たちの存在意義は何なのか」とだいぶ悩みました。