資産の3枚おろし
では、有形資産と無形資産は、それぞれどのような価値を生み出すのか。それをどのように入れ替えれば、企業価値を向上させることができるのか。
まず、空間軸を広く設定する必要がある。自社の資産のみならず、社外の資産をいかに活用するかを考える。このように梃子の原理をつかうことで、自らの資産の規模の何倍もの価値を生むことができるようになる。これこそが、10X思考の基本である。
そのうえで、「資産の3枚おろし」を構想する必要がある。
最上階の資産がもっとも重要だ。コア・コンピタンスと呼ばれるものである。競争に勝つために不可欠なその会社特有の資産である。その会社「ならでは」のノウハウ、その会社「ならでは」の得意技など、無形資産の塊である。
最下層の資産は、規模を獲得するための資産である。自前で囲い込もうとすると、膨大な資産投資が必要となる。デジタル経済の時代には、自前主義にこだわらずに、同業他社と共有するか、規模の大きい第三者に任せるほうが効率も効果も圧倒的に高まる。
中間の階層にくる資産は、自社の資産と他社の異質な資産を掛け合わせることによって生まれる新しい資産である。シュンペーターが「新結合」と名づけ、私が「異結合」と読み替えている活動の場である。
ここは、オープン・イノベーションの場として注目されている領域だが、実現は至難の業であることは、前述した通りだ。失敗の多くは、最上階の自社ならではの無形資産が磨かれていないことに起因する。ここが二流であれば二流の相手としか組めず、二流×二流=四流の結果しか生まれないからである。
私は最下層を「共層」領域、最上層を「競争」領域、中間層を「協創」領域と呼んでいる。「きょうそう」の3段活用である。
語呂合わせはさておき、ここでは4つの経済性に着目したい。最上層は、自社ならではの技を磨き上げて「スキルの経済」(Economies of Skill)を獲得する領域である。最下層は同業者と組んで「規模の経済」(Economies of Scale)を追求する領域である。中間層は異業種と組んで「範囲の経済」(Economies of Scope)を模索する領域である。
そして、このように資産を三枚におろすことで、自前主義に比べて、圧倒的な「スピードの経済」(Economies of Speed)が生まれる。
シリコンバレーのデジタル企業が実践しているのが、まさにこのような資産の多重化である。その結果、スケール、スキル、スコープ、スピードという「4Sの経済性」において、自前主義企業に比べて「10X」の成長を実現しているのである。
以上見てきたように、10X思考を実践するには、空間軸における「資産の3枚おろし」が出発点となる。
バックミラーからフロントガラスへ
一方、資産の多重化を実現するためには、時間軸を未来へと長く引き伸ばしていく必要がある。財務諸表に表れているのは、その企業の過去にすぎない。実際のヒストリーであり現実なので、その会社の生業や癖は分かる。しかし、過去からパターンを読み取れたとしても、将来がどうなるかは未知数だ。特にVUCA時代には、過去、すなわちバックミラーだけで判断していると、大きく足元をすくわれる。
たとえば、次のような疑問に答えるには、過去の数字では絶対的に足りない。
今がピークなのか、まだどれだけ伸び代があるのか。
不測の事態が起こったときに、それを乗り越える力があるのか。
非連続な機会を捉えて、大きく飛躍するポテンシャルはあるのか。
これらはすべて未来のことである。長期的な投資家がその企業の未来を見極めようとするときに重視するのは、表面的なパフォーマンスではなく、根底にあるその会社のポテンシャルである。その会社ならではの無形資産から、将来価値を生み出す力はあるか。それがフロントガラスに注がれる長期投資家の目線である。
優れた長期投資家、たとえばウォーレン・バフェットは、企業の四半期決算にはほとんど興味を示さない。それは進化体としての企業の、ある時点での断面図でしかないからだ。その代わり、彼らが興味を持つのは、その企業のアニュアルレポートだ。何年分も、穴があくほど読むと、その会社ならではの持ち味や生き様、そして未来を拓く力が見えてくる。
バックミラーは、過去しか映さない。将来はフロントガラスの前に広がっているのである。
<連載ラインアップ>
■第1回 Googleに桁違いの成長をもたらした「10X思考」は何がすごいのか
■第2回 リクルートも実践する新市場創造の発想法「既・非・未(不)」とは何か
■第3回 大流行のバックキャスティングに潜む「3つの落とし穴」
■第4回 マイケル・ポーターが提唱する「バリュー・チェーン」の盲点とは
■第5回 オープン・イノベーションの成功事例が驚くほど少ない理由
■第6回 味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価(本稿)
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