ネーミングには思考パターンが投射されることは、ここでも如実に見て取れる。佐藤氏は、これらの無形資産が情熱や共感という感性価値を高める効果があることを、分かりやすく表現している。

 かつてトップアナリストでもあった佐藤氏は、バランスシートに計上されている資産を見ても実態はつかめないという。これらの3つの無形資産を見極めることで、その会社の本質的な価値が判断できるというのである。そのために、経営者や従業員、顧客とのインタビューに、じっくり時間を使う。

 モノやカネなどの有形資産のほとんどは、代替可能なコモディティにすぎない。一方、その企業独自の無形資産は、模倣しにくく、希少価値の高い資産になる可能性が高い。にこにこ資産、いきいき資産、わくわく資産こそが、長い目で見たときのその会社の本当の資産なのである。

資産の良循環

 このように、資産は、ロジカルに2つの有形資産と3つの無形資産に要素分解することができる。そのうえで、これらの資産をいかに有機的に結合させるかがカギとなる。

 基軸となるのが、組織資産である。その企業ならではの志(パーパス)と信念(ビリーフ)を、組織の内部に深く実装する必要がある。先述したように、ホールフーズは、まさにこの2つを、経営の中枢に置いている。そのうえで、人的資産を豊かにしていく。具体的には、企業のパーパスを社員一人ひとりに自分ごと化させることが必要となる。

 それら2つの資産をテコに、顧客資産を向上させていく。企業のパーパスや社員の行動がファン顧客の共感を生み、それがSNSで広がっていく。換言すれば、「わくわく」が「いきいき」と「にこにこ」へと伝播していくのである。思考法的に言い換えれば、システム・シンキングを持ち込むことで、無形資産が相乗効果で増価していくのである。

 このように無形資産を増やす一方で、有形資産を減らしていく。そうすることで資産の入れ替えが加速し、ROA、さらにはPBRを高めていくことができる。

味の素のAX(Asset Transformation)

 たとえば、私が8年間にわたって社外取締役を務めている味の素では、2018年、ASVという志を軸としたパーパス経営に大きく舵を切った。ASVはAjinomoto-Group Shared Valueの略で、味の素版のCSVである。

 その中身は、「食と健康の課題解決」。同社のタグラインにもなっている「Eat Well, Live Well」を、異次元のレベルで実践していくことを意図したものだ。具体的には2030年までに、10億人の健康寿命を延伸させるという壮大な夢の実現を目指している。

 2018年に先立つ3年間で、まず、このパーパスを世界中の社員に「自分ごと化」してもらう活動を地道に進めていった。ASVを組織資産として、実装していったのである。今では、ASVアワードという表彰制度に、毎年、世界中から数多くの実践事例が寄せられている。そのうえで、人財資産の質的向上をオン・ザ・ジョブ、オフ・ザ・ジョブ画面で進めていった。その結果、社員のエンゲージメントスコアは、目に見えて向上していった。

 その一方で、顧客資産の向上を目指して、ASVを基軸とした数々のマーケティング施策を展開していった。その結果、インターブランド社が算定するブランド価値は、大きく高まっていった。

 このように無形資産を増やす一方で、有形資産の削減にも着手していった。海外の量産工場の売却などを通じて物的資産を減らし、ROAを大幅に改善。結果として、ROEやROICを2年で2倍にすることができた。PBRもこの全社変革の直前は1倍を切る惨状だったが、2年後には3倍前を超えるまで大きく跳ね上がった(図25)。

 味の素は、有形資産から無形資産へと重心を移すことで、いかに企業価値が高まるかを見事に実証することに成功したのである。