米国の伝統あるヘルスケア企業アボットのブースに掲げられていたミッション・ステートメント。アボットは2022年のCES 2022でロバート・B・フォードCEOが基調講演に初登壇し、大きなインパクトを残した(筆者撮影)

(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役、法政大学大学院客員教授)

「人間の安全保障(ヒューマンセキュリティ)」がイベントを貫く中核テーマになったCES 2023。世界最大規模の民生技術の祭典は約3200社が出展、来場者は全世界から1万5000人を集め、コロナ禍前の賑わいを取り戻しつつある印象を受けた。

(参考)「コロナ禍を克服したCES 2023レポート」
・(前編)「人間の安全保障」が一大テーマに、CES 2023が示す世界のテックトレンド
・(後編)BMW、ステランティス、ソニー・ホンダがCESで提示したクルマの未来

 今回はCES 2023レポートの「番外編」として、1月に詳細をお伝えしたサステナビリティ、モビリティ(EV/自動運転)、XRの各領域と並んで大きな注目を集めていたヘルスケア領域の動向を紹介したい。

アボットの「PROCLAIM」、身体に埋め込まれて慢性疼痛を緩和

 アメリカでは10人に1人が糖尿病を患い、実に2人に1人が心臓疾患で苦しんでいる。この現実を企業が近視眼的にビジネス拡大(金儲け)のチャンスと考えるか、それとも企業が真摯に取り組むべき社会課題領域として受け止めるか。

 つまり、お客さまである患者の意思を尊重しながら、その人の人生の可能性や選択肢にまで踏み込んできめ細かい目配りをしていくことを「パーパス」(社会的な存在理由)と考えるか否かで、社会全体の近未来のあり方にも大きな違いが出てくるはずだ。

 昨年に引き続き、CES 2023に出展したアボットは1888年創立、アメリカのシカゴに本社を置く伝統的なヘルスケア企業である。

 CES 2022では会期2日目の朝に若きCEOのロバート・B・フォードが颯爽と登壇、「Human Powered Health」というアボットが目指す新たなビジョンを提示した。お客さまである患者への共感や深い理解を前提に、「HEALTH + TECH」のアプローチでアボットの治療や予防の可能性を拡げていくことを高らかに宣言して賞賛を浴びたことは記憶に新しい。

 アボットはウエアラブルのセンシングデバイスとスマホのアプリで血糖値の管理ができる「FreeStyleリブレ」という製品のほか、心臓病を克服するペースメーカー「CardioMEMS(注)」や医師が遠隔で脳に弱電流を流すことでパーキンソン病の発作を軽減する画期的な製品「INFINITY」で知られている。

(筆者注)MEMSはマイクロ・エレクトロ・メカニカル・システムの略。超小型の高性能センサーであるMEMSとIoTクラウドソフトウエアの進化により、自動運転やデジタルヘルスの分野でイノベーションが起きている。

 CES 2023では慢性疼痛を緩和する身体埋め込み型の非充電式の医療デバイス「PROCLAIM」をお披露目し、CESの主催者であるCTA(全米民生技術協会)から「CES 2023イノベーションアワード」を獲得した。PROCLAIMは内蔵されたセンサーが慢性疼痛の痛みの兆候を感知すると弱電流刺激を発生させて症状を和らげる脊髄刺激療法という画期的な仕組みを採用している。

アボットの慢性疼痛を緩和する身体埋め込み型のヘルスケアデバイス「PROCLAIM」(右)。バッテリー残量の低下やシステムのアップデートのために定期的な交換手術が必要となるが、患者のQOLは大きく改善されることが期待される(筆者撮影)