もちろん施策の全てが成功してBMWの事業成果につながっているというわけではない。特に「JOYTOPIA」や「MINIverse」のようにメタバースを活用した打ち手は評価が難しい。メタバース上でエンタメ性を超えた「価値の交換」を、BMWとユーザー、ユーザー同士がどのように行うか、明確なガイドラインが必要になってくるであろう。

 一方で、デジタルの取り組みはリアルの内燃機関で走る自動車と違って化石燃料も必要としないし、CO2も排出しない。BMWが「4つのRE:」の考え方に基づいてサステナビリティを追求すればするほど、マーケティング活動の重心も勢いデジタルやメタバースに移っていく。

 そう考えるとBMW新時代を象徴するツィプセ氏の基調講演のテーマが「未来のモビリティがリアルとバーチャルの世界をいかに融合するか」「BMWの『究極のデジタル・ドライビング・マシーン』というビジョンがどんなものなのか」となるのもストンと腹に落ちる。

BMWに迫られる「駆けぬける歓び」の再定義

 これまでBMWのプレミアムな価値の源泉は、ユーザーがBMWを運転した時に実感する「駆けぬける歓び(Sheer Driving Pleasure)」というリアルでエモーショナルな感動体験にあるとされてきた。

 車づくりの中核である駆動モジュールが内燃機関から電気モーターになることで、良くも悪くもクルマは「白物家電」のように同質化が進む。あまつさえ、イーロン・マスク率いるテスラの登場で「プレミアムカー」の概念自体も大きく変わりつつある。

 サステナビリティやSDGsが意識されなかった時代、BMWはシルキーシックスと呼ばれた直列6気筒エンジンや前後重量配分50:50などハードウエアの細部に徹底的にこだわることで走りのダイナミック性能に卓越した車を次々に世に送り出し、ユーザーに個人的な熱狂を与え続けてきた。

 バイエルンの青い空と雲を象った円形ロゴ、フロントのキドニーグリル、「ホフマイスター・キンク」(Cピラー付け根の斜め上に跳ね上がるライン)、ドライバーの意思にアジャイル(機敏)に反応するエンジンとステアリング・・・。BMWのアイデンティティへの愛着やノスタルジーは尽きない。

 しかし、サステナビリティと事業の成功を両立させることを求められる今の時代、BMWも「視座」を上げてユーザー個人はもちろん、ユーザーの背後に存在するコミュニティや社会全体の幸福にまで目配りをする必要性に迫られる。

 つまり、現在、着手しているマーケティングの「4P」の刷新の先には、BMWブランドのエッセンスである「駆けぬける歓び」(Sheer Driving Pleasure)の再定義がある、というわけだ。

 そしてそれは「個人の一過性の体験価値の提供」ではなく、「社会全体の成長や進歩に直結する持続的なカスタマーサクセスの実現」であるべきだろう。

 そんな期待を抱きながら、CES 2023のツィプセ氏の基調講演を聴いてみたい。