CESを主催するCTA(全米民生技術協会)の社長・CEOのゲイリー・シャピロ。CTAはサステナビリティへのコミットメントを年々深めており、CES 2023では国連が支援するヒューマンセキュリティ(人間の安全保障)の団体・世界芸術科学アカデミー(World Academy of Art and Science:WAAS)とパートナーシップを結ぶことを発表した(写真はCTAのプレス向け資料から)

(朝岡 崇史:ディライトデザイン代表取締役、法政大学大学院客員教授)

 世界で最も影響力のある民生技術の祭典「CES」(シー・イー・エス)。近年は家電にこだわらず、最先端のテクノロジーなら「軍事以外はなんでもアリ」の様相を呈しているこのイベントは、毎年1月上旬に米ネバダ州のラスベガスで開催されている。

 CES 2023も2023年1月3日~1月8日の会期で開催されることがすでにアナウンスされている。ただし最初の2日間はプレス限定のメディアデーとなっており、一般来場者向けイベントは1月5日~1月8日となる。CES 2023のレジストレーション(参加登録)は特設サイトで始まっている。

 CES 2023は今年のCES 2022と同様、リアルとオンラインのハイブリッド方式で行われるので、日本に居ながらにして、各社の記者会見(録画)や基調講演(ライフ映像)を確認することも可能だ。

 著者はここ10年ほど、CESでの「定点観測」を年初のルーティーンとして自らに課しており、メディア(プレス)資格を取得して主要な参加企業の記者会見も含め、可能な限り細かくチェックすることにしている。CES 2023に向けてはホテルと飛行機もすでに手配済みだ。

 過去の動向も踏まえCES 2023のスケジュールを整理すると以下の図のようになる。

CES 2023のスケジュール
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 なおCTAによればCES 2023への出展をコミットした企業は2022年8月末の時点で1200社(注1)であるという。今後、追加でエントリーする企業やスタートアップの祭典「ユーレカパーク」に出展する世界各国からの新興企業(約800社)を加えれば、CES 2022の水準(約2300社)は軽く超えてくるだろう。

(注1)参加企業はコロナ禍前のCES 2020がピークで約4500社。リアル開催が復活した今年年初のCES 2022で2300社。コロナ禍による出展自粛や米中の経済安全保障の影響で多くの中国企業が出展中止を余儀なくされたことが響いている。

 今回の記事では、新型コロナのパンデミックやウクライナ戦争の長期化による世界的な政治・経済の混乱が続けざまに起きる中、“あえて”CESが開催され続ける背景を掘り下げながら、CES 2023の見どころや読み解き方についてレポートしていきたい。

CES 2023に出展をコミットメントしている企業。日本企業もCES常連のキヤノン、ニコン、パナソニック、ソニー、オムロンの名前が見える。世界第2位のEVメーカー・中国のBYDはCES初出展となる(出所:CES 2023のウェブサイト)

CES 2023を貫くテーマは「ヒューマンセキュリティ」

 かつてCESと言えば、CES 2017でのアンダーアーマーのケヴィン・プランクCEO(当時)やCES 2018でのエヌビディアのジェンスン・ファンCEOに象徴されるように、事業成長の野心に燃えるカリスマ的な経営者が颯爽とラスベガスに乗り込んできては声高らかに魅力的なビジョンや事業構想をプレゼンテーションする、という印象が強かった。

 しかし、サステナビリティやSDGsが時代のアジェンダとなったCES 2020あたりからその様相は一変、最先端テクノロジーがいかに地球規模の社会課題の解決に貢献できるか、というテーマが、主催者であるCTAや基調講演に登壇する主要な企業トップの間で共有され始めるようになってきた。

 CES 2021(オンライン開催)とCES 2022に2年連続で基調講演に登壇したGMのメアリー・バーラ(交通事故・CO2排出・渋滞をゼロにするためにEVプラットフォーム開発や自動運転の実用化を推進)、CES 2022の基調講演に初登壇した医療機器メーカー、アボットのロバート・B・フォードCEO(患者への共感を前提にヘルステックで治療や予防の可能性を拡大)のプレゼンテーションがCESの新しいメッセージを浸透させる意味で大きなインパクトを残したことは記憶に新しい。

 そしてCES 2023ではこの流れを踏まえて「ヒューマンセキュリティ」がメッセージとして明確に打ち出されることになりそうだ。

 ヒューマンセキュリティは「人間の安全保障」と翻訳されるキーワードである。個々の人間の安寧を保障すべきであるという安全保障の考え方で、「国家の安全保障」という概念と相互依存、相互補完の関係にある。

 ヒューマンセキュリティには、要素として「食糧安全保障(フードセキュリティ)」「ヘルスケア」「個人の収入」「環境保護」「個人の安全」「コミュニティの安全保障」「政治的な自由」などが含まれる。

 CES 2023に向けての具体的な動きとしては、CES 2023が国連の支援するヒューマンセキュリティの団体・世界芸術科学アカデミー(World Academy of Art and Science:WAAS)とパートナーシップを結ぶことが2022年6月15日付のCTAのプレスリリースで発表された。

 世界芸術科学アカデミーとは1960年に設立された、国際的な非政府科学組織(NGO)であり、90カ国以上の800人を超える科学者、芸術家、思想家、政治的および社会的リーダーのグローバルネットワークである(本拠はカリフォルニア州のナパにある)。

 第2次世界大戦直後、人類が自滅する可能性を脅威に感じた多くの科学者や知識人(マンハッタン計画に関わり、原子爆弾の製造に大きな役割を果たしたアルバート・アインシュタイン、ロバート・オッペンハイマー、ジョゼフ・ロットプラットら)が人類の様々な危機に対処できる国際的な非政府組織設立のアイデアを探究し始めたことがその起源とされる。

(参考)世界芸術科学アカデミー(World Academy of Art and Science:WAAS)のウェブサイト

 新型コロナのパンデミック、地球温暖化、ウクライナ戦争に端を発する食糧危機やエネルギー危機など、現在、世界中の人々のヒューマンセキュリティがじわじわと脅かされている状態である。いかにテクノロジーが進化し、革新的な製品やサービスが生み出されようとも、基盤となる社会や環境が破壊され、人間の基本的な安全が保障されない状態が続けば何の意味もないだろう。

 最先端テクノロジーが人類のヒューマンセキュリティを担保するために直接・間接を問わず貢献できることは多いはずだ。

 未来社会においては、経済発展と環境・社会がトレードオフ(二律背反)であってはならず、パラコンシステント(同時実現)になるようにすべく人類の知恵と総力を結集する必要がある。この基本的な考え方をCESが率先して世界に向けて発信することは、その影響力の大きさゆえにきわめて価値のあることだ。

基調講演に登場、「フードセキュリティ」に向き合うジョンディア

 ヒューマンセキュリティの文脈を一層強化するためだろうか。CESの主催者CTAは世界芸術科学アカデミーとのパートナーシップを発表したプレスリリースの後半で、CES 2023開催日の午前9時からの基調講演(開催日のトップバッターがその年の基調講演のハイライトである)にジョンディアのジョン・メイ議長&CEOが初登壇することを発表した。

 ジョンディア(正式社名はディア・アンド・カンパニー)の創業は1937年。米イリノイ州に本社を置く、世界最大手のB2Bの農機メーカーとして、「フードセキュリティ」(食糧の安全保障。健康な生活を送るために必要な食糧をきちんと調達できること)に向き合う企業である。

ジョンディアはCES 2022の記者会見で完全自動運転のトラクターを発表し注目を浴びた。イノベーションによって農業従事者を長時間の過酷な手作業から解放することで、農業従事者の減少に歯止めをかけ、フードセキュリティに貢献することが期待されている(出所:CES 2022でのジョンディアの記者会見映像から)

 世界最大の農業大国アメリカは農業用地の比率が国土の17%を占めるものの、実は農業従事者は人口のわずか1.3%に過ぎない。広大な農地を維持するための長時間の過酷な手作業が農業従事者の減少に拍車をかけているとされる。イノベーションによって農作業の自動化を推進するとともに作物生産の効率を高めていかなければ、産業としての農業が立ち行かなくなり、たちまち日本を含めて世界中のフードセキュリティが脅威にさらされてしまうだろう。

 ロボット掃除機のルンバのように、農業従事者がスマホのアプリを操作するだけで農作業を代行してくれる自動運転トラクター。6つのステレオカメラと360度の障害物検知、AI機械学習などにより誤差1インチ以内の精密な作業を実現する。それは農業を持続可能な産業にするとともに、フードセキュリティを守るためにもキーとなる先端テクノロジーなのである。

 またジョンディアは脱炭素や環境保護の取り組みにも驚くほど熱心であることが知られている。主力商品であるディーゼルエンジンのトラクターをバッテリー駆動に変えていくのみならず、原材料の調達から製造、販売に至るまでサプライチェーンの全てで脱炭素を推進しようとしている。

 環境保護の取り組みとしては、雑草が生えている畑の一部をカメラで捉え、ピンポイントで除草剤を散布する「See and Spray(シーアンドスプレイ)」という製品も農家向けに開発・販売をしている(CES 2022のイノベーション・アワードを受賞)。除草剤の散布量を大幅に削減できるだけでなく、環境負荷も軽減することになる。

 もちろん、フードセキュリティを守る取り組みや脱炭素・環境保護の企業努力はジョンディア本体にも経営戦略上のメリットを生んでいる。サステナビリティ重視の姿勢を打ち出すことで資金調達も容易になり、財務面でも優位性を打ち出せる。同時にCESでテクノロジーの先進性をアピールすることでブランドとしての技術イメージが高まり、優秀な人材をリクルートしやすくなるという利点も期待できる。

 CES 2023のジョンディアのジョン・メイ議長&CEOの基調講演は上記のようなストーリーになると予測できる。

メタバース、ウェブ3.0など新分野がグレートリセットを促進

 その他、CES 2023ではデジタルヘルス、メタバース、EV、輸送とモビリティ、リモートワークテック、ウェブ3.0(ブロックチェーン技術による分散型インターネット環境。アカウントの作成が不要)などが見どころになると予告されている。開催が近づくにつれて、新分野の展示やセミナーに関する情報も増えていくだろう。

 もちろん、これらの最先端テクノロジーがヒューマンセキュリティを担保し、経済発展と環境・社会がパラコンシステント(同時実現)であることが大前提であることは、もはや言うまでもない。むしろ、メタバース、リモートワークテック、ウェブ3.0などの最先端の技術をきっかけに社会全体がサステナビリティへのグレートリセットへ進むとポジティブに考えていくと、CES 2023の景色は全く違って見えるはずだ。

 またCES 2023の会期後半には別の山場がある。1月7日にはラスベガス北部のラスベガス・モータースピードウェイでフォーミュラカー・ダラーラAV-21をベース車両にした自動運転レーシングカーの賞金レース「インディ・オートノマス・チャレンジ」(以下、IAC)が昨年に引き続き開催される。

 CES 2022ではIACは一般来場者には非公開で、事前登録したメディア関係者とごく少数のスポンサー関係者のみしか観戦を許可されなかったので、日本からの参加者は筆者も含めごくごく少数だった。しかしCES 2023では参加登録をした一般来場者にも公開され、メイン会場であるLVCC(ラスベガスコンベンションセンター)から送迎のバス(片道約30分)も用意されるという。これは朗報だ。

 インディアナポリスにあるNPO法人で、エネルギーと輸送技術セクターの進歩に取り組んでいる「ESN(Energy System Network)」が主催するIACには米国内外の複数の大学や研究機関がチームを編成して参戦し、1対1の直接対決(head to head)で最高時速を競う。

 昨年はミラノ工科大学(イタリア)とアラバマ大学(アラバマ州)連合の「PoliMOVE」とミュンヘン工科大学(ドイツ)の「TUM Autonomous Motorsport」が決勝で対戦し、最終ラップで時速173マイル(時速約278.4キロメートル) を叩き出した「PoliMOVE」が僅差で優勝した。

(参考)「『超高速での直接対決』は自動運転技術の進歩に何をもたらすのか」(『JDIR』2022年1月27日)

 IACは単にテクノロジーオタクのための娯楽レースではない。ヒューマンセキュリティという文脈ではIACの開催により世界の叡智を集めて自動運転アルゴリズムを開発、さらに自動運転の限界スピードを極限(時速300キロメートル)まで上げ、商用サービスとしての自動運転技術の安全性を高めることを目的に開催されている。

 ちょっとわかりにくいかもしれないが、F1で開発された高度な燃費向上の技術や安全技術がやがて市販車にフィードバックされていくプロセスを考えれば納得がいくだろう。

 実際に主催者のESNは、IACで開発された自動運転アルゴリズムはチームで秘匿したりせず原則公開するとも表明している。ルミナー、シスコ、AWSなど自動運転の関連企業から大きな注目を浴び、短期間で1億2000万ドル(約132億円)もの寄付金を集めて、商業的には成功したと言われているIACだが、その根本にはやはり社会全体の発展への確かな目配りがあり、ヒューマンセキュリティに直結するサステナブルな発想を根底に持っていると言える。

CES 2022の前回レースの決勝でデットヒートを繰り広げる「PoliMOVE」(奥)と「TUM Autonomous Motorsport」(手前)。運転席に相当する部分には自動運転のSoC、カメラ、センサーなどが搭載されている(筆者撮影)

 ヒューマンセキュリティが明確なメッセージになるCES 2023。地球温暖化や自然災害、コロナ禍やウクライナ戦争による社会・経済の混乱の最中に、なぜあえてCESのような大規模リアルイベントを開催するのか?

 CESを長く「定点観測」している著者の視座から見ると、この世界的テックイベントの役割や意義がテクノロジードリブンからサステナビリティドリブンへと大きく変わりつつあることを実感せざるを得ないのだ。