新型コロナのパンデミック、地球温暖化、ウクライナ戦争に端を発する食糧危機やエネルギー危機など、現在、世界中の人々のヒューマンセキュリティがじわじわと脅かされている状態である。いかにテクノロジーが進化し、革新的な製品やサービスが生み出されようとも、基盤となる社会や環境が破壊され、人間の基本的な安全が保障されない状態が続けば何の意味もないだろう。

 最先端テクノロジーが人類のヒューマンセキュリティを担保するために直接・間接を問わず貢献できることは多いはずだ。

 未来社会においては、経済発展と環境・社会がトレードオフ(二律背反)であってはならず、パラコンシステント(同時実現)になるようにすべく人類の知恵と総力を結集する必要がある。この基本的な考え方をCESが率先して世界に向けて発信することは、その影響力の大きさゆえにきわめて価値のあることだ。

基調講演に登場、「フードセキュリティ」に向き合うジョンディア

 ヒューマンセキュリティの文脈を一層強化するためだろうか。CESの主催者CTAは世界芸術科学アカデミーとのパートナーシップを発表したプレスリリースの後半で、CES 2023開催日の午前9時からの基調講演(開催日のトップバッターがその年の基調講演のハイライトである)にジョンディアのジョン・メイ議長&CEOが初登壇することを発表した。

 ジョンディア(正式社名はディア・アンド・カンパニー)の創業は1937年。米イリノイ州に本社を置く、世界最大手のB2Bの農機メーカーとして、「フードセキュリティ」(食糧の安全保障。健康な生活を送るために必要な食糧をきちんと調達できること)に向き合う企業である。

ジョンディアはCES 2022の記者会見で完全自動運転のトラクターを発表し注目を浴びた。イノベーションによって農業従事者を長時間の過酷な手作業から解放することで、農業従事者の減少に歯止めをかけ、フードセキュリティに貢献することが期待されている(出所:CES 2022でのジョンディアの記者会見映像から)

 世界最大の農業大国アメリカは農業用地の比率が国土の17%を占めるものの、実は農業従事者は人口のわずか1.3%に過ぎない。広大な農地を維持するための長時間の過酷な手作業が農業従事者の減少に拍車をかけているとされる。イノベーションによって農作業の自動化を推進するとともに作物生産の効率を高めていかなければ、産業としての農業が立ち行かなくなり、たちまち日本を含めて世界中のフードセキュリティが脅威にさらされてしまうだろう。

 ロボット掃除機のルンバのように、農業従事者がスマホのアプリを操作するだけで農作業を代行してくれる自動運転トラクター。6つのステレオカメラと360度の障害物検知、AI機械学習などにより誤差1インチ以内の精密な作業を実現する。それは農業を持続可能な産業にするとともに、フードセキュリティを守るためにもキーとなる先端テクノロジーなのである。

 またジョンディアは脱炭素や環境保護の取り組みにも驚くほど熱心であることが知られている。主力商品であるディーゼルエンジンのトラクターをバッテリー駆動に変えていくのみならず、原材料の調達から製造、販売に至るまでサプライチェーンの全てで脱炭素を推進しようとしている。

 環境保護の取り組みとしては、雑草が生えている畑の一部をカメラで捉え、ピンポイントで除草剤を散布する「See and Spray(シーアンドスプレイ)」という製品も農家向けに開発・販売をしている(CES 2022のイノベーション・アワードを受賞)。除草剤の散布量を大幅に削減できるだけでなく、環境負荷も軽減することになる。

 もちろん、フードセキュリティを守る取り組みや脱炭素・環境保護の企業努力はジョンディア本体にも経営戦略上のメリットを生んでいる。サステナビリティ重視の姿勢を打ち出すことで資金調達も容易になり、財務面でも優位性を打ち出せる。同時にCESでテクノロジーの先進性をアピールすることでブランドとしての技術イメージが高まり、優秀な人材をリクルートしやすくなるという利点も期待できる。

 CES 2023のジョンディアのジョン・メイ議長&CEOの基調講演は上記のようなストーリーになると予測できる。