メディア化が一歩進んだ「売らない店」が登場

 店舗のメディア化はリアル店舗における顧客の体験をよりよいものにする狙いがある。店舗がメディアのような価値を提供すること、つまり「気分が高揚するような体験」や「商品に関する豊富な知識」「新しい出合い」を提供することは、リアル店舗にしかない強みとなる。

 一歩進んだメディア化は「売らない店」の登場だ。米国のスタートアップ企業のb8ta(ベータ)が手掛ける店舗が20年夏、新宿マルイ1階と有楽町電気ビル1階にオープンした。店内の天井に設置されたカメラによってお客の性別や年齢、どれくらい商品の前に止まっていたかなどを分析でき、商品横に置かれた商品説明用のタブレットからの情報など全てをフィードバックしてもらえるため、出品企業はマーケティングに生かすこともできる。

 店舗での新たな「発見と体験」がコンセプトのRaaS(リテール・アズ・ア・サービス:サービスとしての小売)だ。新宿マルイ1階に出店した「ベータ・トウキョウ・新宿マルイ」は、店舗面積約122平方メートルでスタッフ数は8人で運営する。丸井グループはこの間、「販売しない店舗」作りを志向しており、「発見と体験」に重きを置くベータとの親和性が高い。

 日本法人のb8ta Japan(東京・千代田)には三菱地所や丸井グループ、カインズなどが出資した。今後、「EC(電子商取引)が伸びる中、リアルな店舗の価値をどのように提供するか検討している。新しい商業店舗を具体化していきたい」(三菱地所)という。

 実際、ベータは出品企業と消費者をつなげるプラットフォームとしての役割も果たしている。出品する企業は最低契約期間約6カ月、出品料として月30万円前後を支払うことで店舗に出品できる。店舗運営に必要な従業員の手配、トレーニングやシフト管理、在庫管理、物流サポートなどのサービスが全て月額出品料に含まれている。

 このため、ECのみで販売しているような企業でも実店舗への出店をより手軽に実現することが可能だ。ベータでは「今後、リアルな体験は一段と大切になっていく」と強調。手触りや香りなどリアルな体験を求める消費者と企業をつなぐ場として、実店舗の魅力を一段と磨いていく。

 小売業の行く末を決めるのはいかなる時代でも消費者だ。新しいテクノロジーさえ導入すれば顧客を引き付けられるというわけではない。DX時代だからこそ、購買体験の場であるリアル店舗が支持される部分もあり、競争優位の源泉になり得る。

 店舗は生の体験を通じてブランドを伝え認知させる媒体になり、最終的に商品購入につなげる空間になる。商品販売の場を超えた「店舗のメディア化」である。アマゾンですらリアル店舗を展開しつつあることに着眼すべきだろう。