デジタル化に必要なこと

 しかし、手形は「無くそう」と言えばそれで便利になるというものではありません。

 支払う側が代金を「後払い」にするのは、即座に支払うためには余計に流動性を抱える負担が発生するという、経済的な理由があったからです。この点を考慮せずに、ただ手形を無くそうとすれば、支払う側は引き続き、何らかの理由をつけて後払いにしたがるはずです。そうなると、受け取る側は手形がなくなる分、むしろ現金化手段に困ることにもなりかねません。この問題は、金融が超緩和状態にあり金利も極端に低い現状では表面化しにくいのですが、金融環境が変われば顕在化する可能性もあります。もちろん、この問題は既に広く意識され、2013年には、手形の代わりに売掛金債権をデジタル化するインフラとしての電子債権記録機関「でんさいネット」が発足していますが、その利用はなお伸び悩んでいます。

 手形をスムーズにデジタル化していくためには、並行して、売掛金債権をデジタルベースで簡便に資金調達に使えるような金融手法を発展させることが大事になります。例えば、売掛金を担保に資金を貸し出す“ABL”(Asset Based Lending)などがその候補となるでしょう。

 さらに、手形の利点である「受取人起動による情報保護の仕組み」や「裏書による権利の連続の証明」などの仕組みを、デジタル技術により実現していくことも重要になります。この観点からは、ブロックチェーンや分散型台帳技術などの応用についても、取り組んでいく必要があるでしょう。

 このように、デジタル化やペーパーレス化は、「紙を無くせ」という号令をかければよいというものではありません。紙が「なぜ」使われてきたのかを把握し、デジタル技術によって、「紙を無くしても大丈夫」という環境を作っていく努力が重要になります。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。