言うまでもなく、米国はクレジットカード発祥の地であり、Visa、MasterCard、AmericanExpressなど、世界の主要なクレジットカード会社の多くが米国を本拠としています。

 また、米国は銀行規制により、当座預金口座を持つ預金者に対し、ベーシックな小切手帳を無料で発行しなければならないと定められていました。一方で、小切手は回収や処理にかなりのコストがかかります。このため銀行業界は、小切手の処理コストを減らすことを企図して、デビットカードの普及にも努めてきました。

 銀行業界の外側でも、“PayPal”のような民間によるデジタル支払決済手段の普及が進みました。PayPalの創業は1998年にさかのぼります。創業者であるイーロン・マスクはその後テスラ社のCEOとなり、同じく創業者であるピーター・ティールはその後パランティア・テクノロジー社を創業するなど、数多くの企業家を輩出した企業としても知られています。

「中央銀行デジタル通貨」には慎重だった米国

 一方で、米国当局は従来、中央銀行(連邦準備制度)が自らデジタル通貨を発行することにはかなり慎重でした。これは、状況からみて当然であったといえます。

 まず、前述のように、米国では民間主導でのデジタル決済インフラの整備が既に進んでいました。このため、決済インフラを巡る社会の不満やニーズが特に強かったわけではありません。

 こうした中で、当局が敢えて自らデジタル通貨を発行すれば、民間のイノベーションを阻害してしまうおそれがあります(第10回参照)。ただでさえ、中央銀行デジタル通貨には銀行システムへの影響など多くの論点があります。加えて、米国においてPayPalがその後の米国経済で活躍する数多くの企業家を生んだことを踏まえれば、当局が慎重になるのは当然でしょう。

 さらに、米ドルが世界における圧倒的な基軸通貨であることも指摘できます。いくつかの国における中央銀行デジタル通貨の検討は、「インフラ整備」に加え、「通貨の国際的プレゼンスの維持・向上」という動機にも支えられています。この点、米国は、第二次大戦後のブレトンウッズ体制後、長年をかけて基軸通貨としての米ドルというレガシーを築き上げています。このため米国は、「インフラ整備」についても「通貨の国際的プレゼンス向上」についても、差し迫ったニーズがあったわけではありません。