e-Kronaはデジタル化の取り組みの一つ

 このように、e-Krona導入に向けては、なお多くの論点が残されており、スウェーデン中央銀行は、これからの「フェーズ2」と呼ばれる実証段階において、民間銀行なども巻き込みながら、残された論点について検討を深めていくと述べています。

 スウェーデンで現金がもともとあまり使われず、キャッシュレス化が進んでいたことは、人々が既存のキャッシュレス手段を満足して使っていることの裏返しでもあります。実際、スウェーデンにはクレジットカードもデビットカードも普及していますし、民間銀行が相乗りで2012年に構築した“Swish”と呼ばれるモバイルペイメントも広く使われています。この中で、敢えて中央銀行がデジタル通貨を自ら発行した方が良いのかどうか自体も、慎重に検討すべき問題といえます。スウェーデン当局も、この点を十分に認識しています。

 スウェーデンが直面している問題は、実はあらゆる中央銀行デジタル通貨に共通する問題でもあります。現在、とかく中国のデジタル人民元に注目が集まりやすい状況にありますが、とりわけ銀行システムや既存のデジタルペイメント手段が発達している先進国ほど、検討は容易ではないのです。

 スウェーデンはこれまでも、ATM運営主体の共通化や全銀行相乗りでの“Swish”の構築など、金融インフラのデジタル化を思い切って進めてきました。今後e-Kronaが現実に発行されるか否かにかかわらず、スウェーデン当局が民間と協力し、利用可能な技術の下での最適なデジタルインフラのあり方を追求し続けている姿勢には、見習うべき点が多いと感じます。

◎山岡 浩巳(やまおか・ひろみ)
フューチャー株式会社取締役/フューチャー経済・金融研究所長
1986年東京大学法学部卒。1990年カリフォルニア大学バークレー校法律学大学院卒(LL.M)。米国ニューヨーク州弁護士。
国際通貨基金日本理事代理(2007年)、バーゼル銀行監督委員会委員(2012年)、日本銀行金融市場局長(2013年)、同・決済機構局長(2015年)などを経て現職。この間、国際決済銀行・市場委員会委員、同・決済市場インフラ委員会委員、東京都・国際金融都市東京のあり方懇談会委員、同「Society5.0」社会実装モデルのあり方検討会委員などを歴任。主要著書は「国際金融都市・東京」(小池百合子氏らと共著)、「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」(柳川範之氏と共著)、「金融の未来」、「デジタル化する世界と金融」(中曽宏氏らと共著)など。

◎本稿は、「ヒューモニー」ウェブサイトに掲載された記事を転載したものです。